・スター選手の報酬もそれに比例して高騰したが、それはチケットにも跳ね返ったから、今では安い席でも40ポンドもするという。もうとっくに、労働者階級の娯楽スポーツではなくなっていて、チケットの買えないファンはパブでテレビ観戦するしかないようだ。これはもちろん、イタリアやスペインでも変わらない。しかも、その高額なチケットが極めて手に入りにくいというから、観客層に一大変化が生じたのは明らかだろう。だから、プレミア・リーグにとっては危機かもしれないが、いったい誰のため、何のためのスポーツなのかを考え直すにはいい機会なのだと思う。ちなみに、クラブ世界一決定戦で優勝したマンチェスター・ユナイティッドは1880年に鉄道労働者たちが作ったクラブとして始まっているのである。その労働者たちのチームという特徴が崩れたのは、ここ10年ほどのことだ。
・同じことははメジャー・リーグにも言える。ヤンキースの去年の総年俸は2億2200万ドルを超えたそうだ。全30球団では28億8000 万ドルで、福留も黒田も最初から1000万ドルを超える額で複数年契約をした。ビッグ・ネームの選手は10年前後で億単位のドルを手にする契約をしているから、一流選手になれば文字通りの億万長者になれるというわけである。ちなみにイチローは2008年度から5年の契約で9000万ドルを得ることになっている。1年あたりでは1800万ドルで、彼は去年213本のヒットを打ったから、1本あたりの単価は8.5万ドルということになる。これは現在のレートで言えば、800万円にもなる額である。日本人の平均年収を大きく上まわる額をたった1本のヒットで稼ぐという現状は、すごいと言って感心するどころの額ではない気がする。
・もちろん、選手がこれだけの報酬を得るのは、それを払うだけの収入がチームにあるということだ。チケットの高額化、テレビ放映料、広告料、ユニホームのレプリカなどのさまざまなグッズがもたらすお金は莫大なものになってる。しかし、スター選手と高額で長期間の契約ができるのは、現在までの隆盛が、これからもずっと続くことが自明視されてきたからだ。想定外の経済の急激な落ち込みは、当然、チームの収入を激減させる。第一に、野球にしてもサッカーにしても、オーナーには投資によって財力を蓄えたり、石油で大儲けした人が少なくない。観客が減少してスタンドは閑古鳥でテレビ視聴率も上がらない。そんなチームが負債を抱えて倒産、あるいは安値でたたき売りといった状況が、もうすぐ現実化してもおかしくないのである。
・能力がそれなりにお金で評価されるシステムそのものに反対はしない。けれども、ヒット1本打つたびに何百万円、1勝するたびに何千万円、ゴール・キックを一つ蹴るたびに数億円と考えたら、働くことにばからしさを感じない方がおかしいというものである。労働の価値にそれほどの差はないこと、その差が多くの貧困の上に成り立っていることなど、経済不況がもたらす認識には、大事なものが少なくないように思う。
・もっとも、アメリカ人がこういう感覚に疎いのは、破産寸前のGMやフォードのCEOがメジャー・リーグのスーパースター並みの報酬を今でも得ていることをみてもわかる。だから、それに比べたら日本のプロ・スポーツ選手や企業の経営者のもらう報酬はまっとうな額だということができるかもしれない。けれども、一方で年収が百万円たらずの派遣社員がいて、不景気だからといって真っ先に解雇してしまう大企業の姿勢には、社会的責任の欠如はもちろん、ふつうの人間がもつ常識のかけらすらなく思えてしまう。
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。