・テレビをケーブルで見るようになって3ヶ月ほどになる。東京の民放がすべて見られるようになったのだが、面白いと思うような番組はほとんどない。というより、どこのチャンネルにあわせてもCMの洪水で、面白そうと思うほど見ていないのである。たまに何か番組を見ていても、CMになった瞬間に音無しにする。そんなことをしていたのだが、すぐに、ケーブルテレビのチャンネルに合わせることが習慣になった。河口湖のケーブルテレビは一日中、富士山の周囲に設置したカメラを流し続けている。山中湖や河口湖、西湖に精進湖、そして本栖湖の富士五湖はもちろん、朝霧高原や勘助坂から新東名、富士山の南斜面から駿河湾、御殿場、あるいは葉山から海の鳥居越しの富士山を巡回している。
・梅雨が長く、明けても天候不順の日が多かったから、雲ばかりで何も見えないことが多かったのだが、時には富士山や富士五湖がくっきり見える日もあって、それはなかなかの風景だった。それに出かける時によく通るいくつかの交差点や河口湖駅前などもあって、今日の人出は、交通量はなどとチェックすることもできるようになった。だから見たい番組がない時には、ケーブルテレビにずっと合わせておくことも少なくない。ちょうど景色が変わる一つの窓が増えた感じなのである。・少なくとも我が家では、増えた民放よりは、ケーブルのチャンネルにあわせていることが多い。面白そうな番組がなにもないし、あまりにCMが多すぎるのである。CMの間に中身がある。そんな印象を持つのだが、実際には番組全体の18%と設定されているようである。しかし見たくもないものに突然番組が妨げられるのだから、その時間は実際の何倍に感じてもおかしくないだろう。人々はこんなCMをよく我慢してテレビを見ているなーと今さらながらに感心してしまう。それとも何か無視する方法があるのだろうか。あるいはCMこそがおもしろいと思う人がいるのだろうか。 ・広告に妨げられて腹が立つのはYouTubeなどでも同じである。それがだんだんひどくなってきて、いやならお金を払って広告なしにしろという態度だから、ますます腹が立ってくる。すぐにスキップ・ボタンを押すことにしているが、それができない長いものや、連続するものもあって、邪魔なことこの上ないが、金など払うものかと思っている。 ・で、思うのだが、嫌われるだけの広告に何かプラスの効果があるのだろうかと疑問を感じている。ネットの広告は視聴者の情報に合わせて選択されていると聞くが、少なくとも僕にとっては興味を持つものなどほとんどない。「うるさいな」「邪魔だ」と思われるだけのためにお金を出して広告をして何かメリットがあるのか不思議に思う。そんな広告に限ってまた、何度もくり返しやってくるのである。 ・メディアに氾濫する広告には当然、広告費がかかっていて、それは製品などの価格に含まれている。要するに僕たちは、迷惑な広告の費用を、製品を買うことで払っているのである。もっとも僕が見る限り、邪魔になる広告の製品など、一度も買ったことはない。 |
2026年8月17日月曜日
広告に腹が立つ
目次 2026
8月
17日広告に腹が立つ
10日ジェニファー・ラウシュ『スロー・メディア』(世界思想社)
7月
27日傍若無人のとんでも国会
20日少年野球とMLB
6月
29日
ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』(法政大学出版局)
15日ナフサ不足とプラゴミ
5月
18日ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)
11日今さらですがビートルズを
4月
27日キョウヨウが大事です
3月
30日 ボブ・マーリーについて
23日 世界が壊れはじめている
2月
16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"
1月
26日 ケヤキと格闘中です
19日 久米宏とテレビの終わり
12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE
1日 今年もよろしくです
2026年8月10日月曜日
ジェニファー・ラウシュ『スロー・メディア』(世界思想社)
・翻訳者の伊藤明己さんからこの本をいただいた時の反応は「スロー・メディア」って何だ?というものだった。「ファースト・メディア」なら何となくわかる。スマホやタブレット、それにPCといったものと、それを使って利用するインターネットのことだろう。だとすると、「スロー」は新聞や雑誌、あるいは番組編成で規制されるテレビやラジオのことだろうか。そんなふうに思って読みはじめたのだが、それほど単純な話ではなかった。・内容は「ファースト・メディア」批判の書だと言える。あらゆる情報が洪水のように押し寄せるし、SNSでのやり取りやメールも瞬時のうちにできてしまう。だから一日中スマホやPCから目が離せない。そんな中毒症状に陥って、心身に不安を感じる人が増えている。で、一度スマホやPCを脇において、接触しない時間を作ったらどうだろうか。この本はそんな筆者自身の体験から始まっている。 ・「スロー・メディア」は「スロー・フード」を参考にしてつけられた名前である。「ファースト・フード」ではなく、時間をかけて作った食べ物を、ゆっくりと味わって食べる。そこにはもちろん、大量生産や遠隔地から輸送されるものではない、近隣で取れる無農薬の食材が大事という側面もある。だから当然、そんなことができるのは金持ちや閑人だけだという批判も起こってくる。そんな批判は「スロー・メディア」に対してはどうだろうか。 ・「ファースト・メディア」はペーパーレス時代を招くから、木の伐採による環境破壊を抑制することができる。そんなふうに言われたこともあったが、代わりにとんでもないほどの電力を使うようになった。スマホのメーカーは次々に新しい機能を装備し、スピードをアップさせて、買い替えた方がいいですよと宣伝する。だから廃棄される量もまた膨大なものになっている。レアアースなどの採掘やゴミ処理などがもたらす健康被害や環境の汚染は、紙媒体がもたらしたものとは比較にならないほどになっている。 ・とは言え、「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」を捨てて、その代わりに使うものではない。かつて産業革命時に起こった「ラッダイツ{機械打ち壊し}運動」とは違って、スマホやPCの使い方を工夫しましょうというものである。スマホはメーカーが宣伝するほどには買い替える必要のないものである。ニュースだってSNSだって、メールだって自分の心や身体と相談して使えば、いい道具になるはずである。あるいはよく調べ、考察された記事やエッセイを探して読めば、氾濫する情報にまどわされずに済むかもしれない。この本はそんな至極当然の対処の仕方を提案している。 ・要するに「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」に批判的に対処するための、一種の運動なのである。それは個人の心身を健康に、正常に保つためにするメディアへの接触の仕方であり、環境破壊や資源の浪費をこれ以上ひどいものにさせないための方策である。それはまた、1960年代に起こった既存のシステムに対する「対抗運動」の再現だとも言える。 ・僕はそういった発想には大いに興味を持ち賛同するが、現実を見た時にこれがどれほどの力を持つのかという心細い気にもなってくる。この本が書かれたのは2018年で、現在の「ファースト・メディア」の力は比較にならないほど強く、大きなものになっている。AIの進化は、僕たちに、もう考えなくていい、調べなくていい、トレーニングや勉強もしなくていいと言わんばかりなのだ。しかしだからこそ、「スロー」な発想に立ち返る必要があるんだよ、と訴え続けなければとも思った。 |
2026年8月3日月曜日
アブドゥーラ・イブラヒムについて
・アブドゥーラ・イブラヒムが亡くなった。享年91歳だった。この欄で彼を取り上げたのは2014年で、そこでは次のように紹介している。
・イブラヒムは1962年に南アフリカからヨーロッパに移り住んでいる。その2年後に、後に大統領になるネルソン・マンデラが国家反逆罪によって終身刑を言い渡されている。当時の南アフリカ共和国は少数の白人層が大多数の黒人層を支配して、「アパルトヘイト」という名の人種隔離政策を実行していた。黒人達は住む場所や就く仕事、選挙権や教育の機会など様々な面にわたって厳しく制限されていた。マンデラは「反アパルトヘイト運動」のリーダーで、その後1990年に釈放されるまで、27年間投獄され続けた。
・イブラヒムが積極的に音楽活動の中に「反アパルトヘイト」の姿勢を見せたのは1970年代の中頃からである。「マネンバーグ」が初めてアルバムとして発表されたのは1974年で、ケープタウン郊外に作られた非白人達が強制的に移住させられた土地の名を冠したものだった。その後イブラヒムはアフリカをテーマにしたアルバムをいくつも作り、1985年にはマンデラという名の曲も作っている。「アパルトヘイト」に対する国内はもちろん、国際的な批判が強まる中で、マンデラは解放運動の象徴的な存在となっていった。ネルソン・マンデラは1990年に釈放された後、1994年に全人種参加選挙が行われて大統領になっている。
・イブラヒムはその後も積極的に音楽活動をしていくつものアルバムを発表したが、僕が気になって購入したのは「Senzo」と「Mukasi」という日本語のタイトルがついたものだった。そこに修められた曲は日本と直接関係するものではなかったが、そのピアノソロの曲に心が洗われ、落ち着くような印象を持った。それはほぼ即興で作られたもののようで、どこかキース・ジャレットにも通じる音楽だった。ジャズには疎いのだが、この二人は、僕にとって大事なピアニストで、また一人、馴染みのミュージシャンが亡くなってしまったことをとても残念に感じた。
・アブドゥーラ・イブラヒムは南アフリカのアパルトヘイトに反対して、ヨーロッパやアメリカに逃れて音楽活動をしていたが、彼が作曲した「マネンバーグ」という曲は「反アパルトヘイト運動」のテーマ曲となり、第二の南アフリカ国歌といわれるほどに、人びとに親しまれ、支持されている。
・イブラヒムは1962年に南アフリカからヨーロッパに移り住んでいる。その2年後に、後に大統領になるネルソン・マンデラが国家反逆罪によって終身刑を言い渡されている。当時の南アフリカ共和国は少数の白人層が大多数の黒人層を支配して、「アパルトヘイト」という名の人種隔離政策を実行していた。黒人達は住む場所や就く仕事、選挙権や教育の機会など様々な面にわたって厳しく制限されていた。マンデラは「反アパルトヘイト運動」のリーダーで、その後1990年に釈放されるまで、27年間投獄され続けた。
・イブラヒムが積極的に音楽活動の中に「反アパルトヘイト」の姿勢を見せたのは1970年代の中頃からである。「マネンバーグ」が初めてアルバムとして発表されたのは1974年で、ケープタウン郊外に作られた非白人達が強制的に移住させられた土地の名を冠したものだった。その後イブラヒムはアフリカをテーマにしたアルバムをいくつも作り、1985年にはマンデラという名の曲も作っている。「アパルトヘイト」に対する国内はもちろん、国際的な批判が強まる中で、マンデラは解放運動の象徴的な存在となっていった。ネルソン・マンデラは1990年に釈放された後、1994年に全人種参加選挙が行われて大統領になっている。
・イブラヒムはその後も積極的に音楽活動をしていくつものアルバムを発表したが、僕が気になって購入したのは「Senzo」と「Mukasi」という日本語のタイトルがついたものだった。そこに修められた曲は日本と直接関係するものではなかったが、そのピアノソロの曲に心が洗われ、落ち着くような印象を持った。それはほぼ即興で作られたもののようで、どこかキース・ジャレットにも通じる音楽だった。ジャズには疎いのだが、この二人は、僕にとって大事なピアニストで、また一人、馴染みのミュージシャンが亡くなってしまったことをとても残念に感じた。
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・梅雨が長く、明けても天候不順の日が多かったから、雲ばかりで何も見えないことが多かったのだが、時には富士山や富士五湖がくっきり見える日もあって、それはなかなかの風景だった。それに出かける時によく通るいくつかの交差点や河口湖駅前などもあって、今日の人出は、交通量はなどとチェックすることもできるようになった。だから見たい番組がない時には、ケーブルテレビにずっと合わせておくことも少なくない。ちょうど景色が変わる一つの窓が増えた感じなのである。
・翻訳者の伊藤明己さんからこの本をいただいた時の反応は「スロー・メディア」って何だ?というものだった。「ファースト・メディア」なら何となくわかる。スマホやタブレット、それにPCといったものと、それを使って利用するインターネットのことだろう。だとすると、「スロー」は新聞や雑誌、あるいは番組編成で規制されるテレビやラジオのことだろうか。そんなふうに思って読みはじめたのだが、それほど単純な話ではなかった。