2026年8月3日月曜日

アブドゥーラ・イブラヒムについて

アブドゥーラ・イブラヒムが亡くなった。享年91歳だった。この欄で彼を取り上げたのは2014年で、そこでは次のように紹介している。
・アブドゥーラ・イブラヒムは南アフリカのアパルトヘイトに反対して、ヨーロッパやアメリカに逃れて音楽活動をしていたが、彼が作曲した「マネンバーグ」という曲は「反アパルトヘイト運動」のテーマ曲となり、第二の南アフリカ国歌といわれるほどに、人びとに親しまれ、支持されている。

イブラヒムは1962年に南アフリカからヨーロッパに移り住んでいる。その2年後に、後に大統領になるネルソン・マンデラが国家反逆罪によって終身刑を言い渡されている。当時の南アフリカ共和国は少数の白人層が大多数の黒人層を支配して、「アパルトヘイト」という名の人種隔離政策を実行していた。黒人達は住む場所や就く仕事、選挙権や教育の機会など様々な面にわたって厳しく制限されていた。マンデラは「反アパルトヘイト運動」のリーダーで、その後1990年に釈放されるまで、27年間投獄され続けた。

ibrahim4.jpg イブラヒムが積極的に音楽活動の中に「反アパルトヘイト」の姿勢を見せたのは1970年代の中頃からである。「マネンバーグ」が初めてアルバムとして発表されたのは1974年で、ケープタウン郊外に作られた非白人達が強制的に移住させられた土地の名を冠したものだった。その後イブラヒムはアフリカをテーマにしたアルバムをいくつも作り、1985年にはマンデラという名の曲も作っている。「アパルトヘイト」に対する国内はもちろん、国際的な批判が強まる中で、マンデラは解放運動の象徴的な存在となっていった。ネルソン・マンデラは1990年に釈放された後、1994年に全人種参加選挙が行われて大統領になっている。

ibrahim1.jpg イブラヒムはその後も積極的に音楽活動をしていくつものアルバムを発表したが、僕が気になって購入したのは「Senzo」と「Mukasi」という日本語のタイトルがついたものだった。そこに修められた曲は日本と直接関係するものではなかったが、そのピアノソロの曲に心が洗われ、落ち着くような印象を持った。それはほぼ即興で作られたもののようで、どこかキース・ジャレットにも通じる音楽だった。ジャズには疎いのだが、この二人は、僕にとって大事なピアニストで、また一人、馴染みのミュージシャンが亡くなってしまったことをとても残念に感じた。

目次 2026

8月

3日アブドゥーラ・イブラヒムについて

7月

27日傍若無人のとんでも国会

20日少年野球とMLB

13日雨でクルマも野菜もひどい目に

6日テレビのスポーツ中継と広告

6月

29日 ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』(法政大学出版局)

22日次はやっぱりローリングストーンズ

15日ナフサ不足とプラゴミ

8日ブラウザーの翻訳機能に驚き!

1日春の雑事、珍事等々

5月

25日仕方なくケーブルテレビにした

18日ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)

11日今さらですがビートルズを

4日教養はもっと大事!

4月

27日キョウヨウが大事です

20日半月滞在の客人と過ごした日々

13日デモはネットでしか伝えない

6日スタッズ・ターケル『仕事!』(上下)河出文庫

3月

30日 ボブ・マーリーについて

23日 世界が壊れはじめている

16日 させていただきましたはいただけません

9日 薪割り、ゴミ穴、そして大掃除

2日 選挙報道とオリンピック中継

2月

23日 パティ・スミス『ジャスト・キッズ』河出書房新社

16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"

9日 ドジャースの戦力補強に違和感

2日 厳寒のお粗末選挙にうんざりだ!

1月

26日 ケヤキと格闘中です

19日 久米宏とテレビの終わり

12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE

5日 ニール・ヤングの反トランプ宣言

1日 今年もよろしくです