・スティーブ・アールは地味なカントリー・ミュージシャンだが、新しいアルバムでは、ずいぶん思いきったメッセージを送りだしている。アルバムのタイトルは「イェルサレム」。同名の曲が最後におさめられている。収録曲には、ほかにも「アメリカV.6.0 われわれにできる最善のこと」「共謀理論」「なんて単純なヤツなんだ」「真実」と、題名だけでも、その姿勢がはっきりわかるものが多い。疑問を投げかけ、批判しているのはもちろん、最近のアメリカ(人)の態度や感情である。
朝起きると悪いニュースばかり
殺人兵器がキリストの地を徘徊している
しかし、テレビは、いつもこんな感じだという
そして誰も何もしないし何も言わない、と
それを聞いて、呆然とした
で、我にかえって自分の心に聞いてみた "Jerusalem"
・スティーブ・アールは1955年生まれで、ヴェトナム戦争の時代に少年期を過ごした。今までそれほどメッセージ色の強い歌を歌ってきたわけではないが、最近の状況から、アメリカに対する矛盾した思いを強く感じているようだ。で、『イェルサレム』である。
・邪悪な国をやっつけなければ、危険が戸口まで来てしまう。だからアメリカからはるか彼方の地に55000人(今回は20万人)もの兵隊を送るのだ。それに同調できないものは反愛国者。彼はそんな空気に強い違和感や孤独感を持っている。アメリカの意図は間違っていて、その歴史にも多くの人が目をつむって知らぬ振りをしている。アメリカが好きであればこそ、そうではいけないのだと彼は歌う。カントリーはアメリカ人の心の歌で、彼はそれを10代の頃からずっと歌い続けている。そのような共感と愛着が、今のアメリカの世論や時代感覚とぶつかり合う。スティーブ・アールの低音のだみ声には、そんな苦悩が強く感じられる。
おれは正真正銘のアメリカン・ボーイ MTVで育った
ソーダ・ポップの広告にはそんな子供がたくさん登場する
だが、おれはそんな誰とも違う
薄暗がりに灯りを探しはじめた
で、モハメッドのことばがはじめて
意味のあるものにきこえてきた
彼に平和を "John Walker's Blues"
・このアルバムはアメリカでは放送禁止になったようだ。それを聞いて僕は、ヴェトナム戦争時にヒットしたバリー・マクガイアーの「イブ・オブ・ディストラクション」を思い出した。どちらも、正義を掲げて狂気に走るアメリカの状況を素直に批判した歌、という点で共通している。もっとも、「イブ・オブ・ディストラクション」は放送禁止にもかかわらず大ヒットしたが、「イェルサレム」はあまり話題になっていない。これは、シンガーの話題性の問題なのか。それとも、戦争に批判する人たちの量の違いなのか。
・ヨーロッパはもちろん、アメリカでもイラク攻撃に反対する人たちのデモがニュースになっている。アメリカでも反対する人は多いはずだが、たとえば坂本龍一の次のようなことばを耳にすると、ヴェトナム反戦の声とは性質がかなり違うのだという感じもする。「僕が懸念しているのは、デモする人も、かたや何の疑いもなく政府の方針に従う人も、論理ではなく情で動いていることです。イラクで核弾頭が見つかったり、新たなテロが起こったりしたら、一挙に戦争賛成に回る可能性がある。これが怖い。」
・アメリカは移民による新しい国だが、その新しさは、先住民を追放し、抹殺してできたものでもある。それがアメリカ人の心に原罪として取り憑いていると指摘する人がいる。アメリカはそれを反省し、償いの気持を持とうとするが、自分の存在を脅かすものが現れると、また、ヒステリックにその掃討に走ってしまう。潜在化した原罪が呼び起こす反復強迫。
・なぜ、今、イラクを攻撃しなければならないのか。アメリカ人以外の人たちには、その理由ははっきりしない。しかし、はっきりしないのはアメリカ人とて同じなのではないか。なのに攻撃はますます現実化している。その怖さにアメリカ人自らが気づくこと。スティーブ・アールの歌がもっとアメリカ人の耳に届くといいと思う。