・広告の世界では「ブランド」があらためて注目されているという。今さらと思わないではないが、一流企業の不祥事がきっかけで売れ行きが激減とか、社運そのものが危うくなったりする事件を目の当たりにすると、「ブランド」のもつ意味は、確かに大きいと言える。
・あるいは、ヨーロッパの有名ブランドのバッグをもった女性がやたらに目についたりもする。景気が悪いと言われているのに、どうして高額なものに関心が集まるのか。高級ブランドは希少価値が命のはずなのに、なぜ、みんなで同じものをぶらさげて、平気でいられるのか。そんな疑問も感じてしまう。
・三田村蕗子の『ブランドビジネス』は、そんな疑問に答えてくれる一冊である。もっとも、この本があつかうブランドはファッションに限定されている。それも、「ルイ・ヴィトン」に関連する記述が多い。その理由は、第四次のブランドブームといわれる現在の状況が、ヴィトンの一人勝ちになっているからだ。
・ヴィトンの日本での売上は、世界の三分の一を占めている。二〇〇三年度の売上は一五〇〇億円で森永製菓とほぼ同規模であり、この二〇年間での総売上は一兆円を超える。ヴィトンのバッグをもっている人は二〇〇〇万人とも三〇〇〇万人とも言われるし、二〇代の女性の二人に一人が所有しているとする調査結果もある。著者はこの現象をまさにお化けだ、と表現する。
・このような状況に対する批判は、相変わらずのものが多い。欧米志向がまだ抜けない。横並び志向が強い。マスコミに踊らされやすい。自分なりの価値観がない。高額な品物を子どもに買い与える親の甘さ。あるいは一点豪華主義。住宅事情が悪い日本では、身の回りの小物に贅沢をして充実感を得るしかない、といった指摘もある。
・ヨーロッパの高級ブランドの多くは馬具の製造から出発している。乗馬を楽しむ貴族や富裕な階級のための道具で、そこから靴や旅行に持ち歩く鞄に広がった。だから、ヨーロッパでは今でも、高級ブランドの購入者は一部の富裕な層にかぎられていて、労働者階級の人たちには、それを所有したいという欲求自体がほとんどないと言われている。
・それでは、くりかえされる批判にもかかわらず、なぜ、日本人は高級ブランドに欲望するのか。著者は、ブランドビジネスとは、消費者に夢という魔法をかけるビジネスで、日本人はその夢を大勢で一緒になって見たがるのだという。ディズニーランドの一人勝ちや行列のできる店への注目と同じことだ。
・実体よりは夢が大事で、それをみんなと一緒に見て満足感を覚える。だから、夢からさめるのも一緒で、一度飽きられたブランドは、なかなか立ち直れない。日本におけるブランドビジネスの魅力と不確かさ。このような傾向の加速化は、一流企業が一つのスキャンダルや不祥事で消えてなくなる危険性とも無関係ではないはずで、今度は「負のブランド」現象についても知りたくなった。
(この書評は『賃金実務』7月号に掲載したものです)