・イギリスとフランスの大地は、地表はわずかで、すぐ下が厚い石灰岩で被われている。そのことは英仏海峡に面したイギリス南部やフランス北部の海岸線をみるとよくわかる。白亜紀に貝などが堆積してできたもので、柔らかくて崩れやすい。だから海岸線は少しずつ崩壊しているようだ。
・当然、この石は住居などに使われていて、イギリスだけでなくフランスにも共通した建築法を作りだしている。黒い木組みと白壁のチューダー朝様式と言われる建物である。僕はこの建物が好きだが、前回のイギリス旅行ではあまりお目にかからなかった。ところが、英仏海峡の両岸を旅した今回は両方の国で、ほとんど同じ作りの建物をいくつも見た。古いものは500年も経っているから、かしいだり歪んだりして、今にも崩壊しそうなものもあった。イギリス南東部の小さな村ライで泊まったホテルもそうで、屋根裏の部屋は最高だった。
・この石は、そのまま積みあげても使われる。パリにはそんな建物がたくさんあった。時間が経って少しすすけた感じがなかなかいいと思ったが、ベンヤミンのパッサージュ論を読むと、けっしてそうではなかったようだ。
・パリがその上に位置している新しい石灰岩層は、たちどころに埃と化す。そしてこの埃は、石灰の埃がすべてそうであるように、目と肺に強い痛みを与える。………それに加えて、パリの近郊で切り出されたもろい石灰岩で作られている家々が見た目にもわびしい陰鬱な灰色をなしている。
・地図をたよりに、いくつかのパッサージュを巡った。ベンヤミンの描写とはまた違って、今風にしゃれた通りになっているもの、レトロな雰囲気で観光客を集めるもの、古びてシャッター通りとなったもの、あるいはインド人街になって、どういうわけか床屋が軒を連ねる所などがあった。通り一本過ぎると街の様子も歩いている人たちもまるで違う。それがパッサージュの現在の姿に関係していて、驚き、がっかりし、また不安にもさせられた。
・ブルターニュ地方は英仏海峡に面したフランス北西部にある。この名前はもちろん、ブリテン、つまりイギリスと関係する。フランスで一番美しい村と呼ばれるロクロナンで入ったミュージアムでは、受付の人が「リトル・ブリテン」とか「ブリタニア」ということばを口にした。しかし、文化的にはもっと古く、ケルトの影響が強い。その宿を取ったカンペールの街には、残念ながら音楽が流れることはなかったが、名物のそば粉のクレープを食べた。甘いのではなく、サーモンやアンチョビやチーズが入って、しょっぱいけどなかなかの味だった。どういうわけか今パリはクレープブームで、何軒も見かけたが、僕はここまで我慢をして食べなかった。
・もう桜も桃も咲いている温暖の地だが、天気が悪い。どんより曇って時々ぱらぱらと雨が降る。極めて少ない路線バスに乗って、大西洋を見に行き、またカンペールに引き返して、ロクロナンに行った。たしかに、どことなくイギリスやアイルランドの雰囲気がある。英語を話せる人も少しだけ他よりも多かった。