2014年10月27日月曜日

二人の信頼できる外国人

ピーター・バラカン『ラジオのこちら側で』岩波新書、他
アーサー・ビナード『亜米利加にも負ケズ』新潮文庫、他

・日本に住む外国人で、公に活動している人はたくさんいる。けれども、僕が信頼しているのはそれほど多くない。
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・ピーター・バラカンはロックやブルース、それにワールド・ミュージックをラジオなどで紹介し続けてきた人だ。実際僕も、彼の勧めるミュージシャンのアルバムを買ったことが何度もある。『ラジオのこちら側で』は、イギリス人の彼が日本に来たいきさつから始まって、日本でこれまでどんな仕事をしてきたのかを綴った内容になっている。

・大学を出た後しばらくぶらぶらしていた彼が日本に来るきっかけになったのは、音楽業界紙に載った東京の音楽出版社の人材募集の記事だった。大学で日本語を専攻していたこともあって、応募したことが、その後40年間、日本に住んで音楽を中心に仕事をする方向を決めた。

・そんな彼が日本でしてきたことは、一言でいえば、質のいい洋楽の紹介である。『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)といった著書があるように、歌が伝えるメッセージを紹介することにも熱心だった。日本人は音楽の歌詞にはあまり興味を持たないし、とりわけ洋楽については顕著だが、彼には、そんな傾向を改めてやろうという野心があったのかもしれない。

・僕はそんな彼の姿勢にずいぶん前から共感して、彼のラジオ番組や書いたものに注目してきたが、残念ながら、日本人の歌のメッセージを軽視する傾向は、改まるどころか、ますますひどくなっている。というよりは、若い人たちが洋楽そのものを聴かないことが当たり前になった感さえある。その意味では、彼がラジオで訴えようとしてるメッセージは、彼と同世代の洋楽好きの日本人にしか伝わっていないのかもしれない。

binard1.jpg・アーサー・ビナードはアメリカ人で、大学では英米文学を専攻していたのに、卒論を書くためにたまたま出会った漢字や日本語に興味を持って来日した。そのまま日本に居続けて、詩などの文学を通して日本語に興味を持ち、自ら日本語で詩やエッセイを書いたり、日本人の詩や童話を英訳、あるいは英語の本の日本語訳などをしたりしている。

・『亜米利加ニモ負ケズ』を読むと、彼の言語に対する感覚の鋭さや日本の歴史や文学の知識の多さや深さに驚かされる。たとえば飲み物の「ラムネ」は「レモネード」から転じた和製英語だが、炭酸のあるなしで味はまるで違う。しかし、彼は、だから「ラムネ」は偽物だとは言わない。それどころか「ラムネ」は仮名垣魯文の『西洋道中膝栗毛』に登場し、鴎外の小説や虚子の俳句にも詠れている。日本人にとっては夏の風物詩や季語として扱われていることに敬意を表することを忘れない。

・彼は毎日の食事に、豆腐や梅干しや納豆が欠かせないと言う。あるいは、日本の自然や文化に対する愛着の程度もかなりのものである。そんな彼は、ビキニ諸島でアメリカがした核実験で被爆した「第五福竜丸」を題材にした『ここが家だ』(集英社)という絵本を作り、福島の詩人の若松丈太郎と『ひとのあかし』を翻訳している。また、原発再稼働を阻止する運動に出かけ、沖縄の辺野古にも行って基地建設に反対する集会に参加している。

・彼は自らを愛国主義者だと言う。ただしそれは盲目的な愛国ではなく、母国の短所を見抜き、指摘して改善を促すという意味での愛国である。盲目的な愛はエゴイスティックで、そのことに無自覚だから、時にストーカーにもなりかねない。そんな「盲愛国主義者」は美化したものを本物として見なして国の批判を許さない。今の日本がこんな状況になりつつあるなかでは、彼のようなスタンスこそが大事だろう。

・彼の愛国主義はアメリカだけでなく、日本にも向けられている。そしてその姿勢を、多くの日本人は忘れてしまっている。と言うよりは、自覚したことがないのかもしれない。

2014年10月20日月曜日

 

去年は上原、今年は青木

・メジャーリーグのプレイオフが始まってから、野球に釘付けになっている。見ているのは青木宣親選手が所属するカンザスシティ・ロイヤルズだ。地区優勝を逃してワイルドカード争いから始まって、ついにアメリカンリーグのチャンピオンまで勝ち続けてきた。青木選手は2番バッターとして、右翼手として、打って守って走っての活躍である。去年の上原や田沢選手が活躍してチャンピオンになったのに続いて、今年は青木がワールドシリーズにやってきた。

・メジャーリーグの中継はNHKがやっている。で、通常の放送はダルビッシュや黒田といった投手が先発した試合か、イチロー優先だから、去年もレッドソックスの中継は、優勝がかかった試合あたりからだった。今年は田中がヤンキースに入って活躍したから、中継はヤンキースばかりだったように思う。ぼくは、あまり熱心に見る気にはなれなかった。

・今年のレッドソックスは去年とは違って負けてばかりのチームになって、後半になると上原自身も不調になった。田中もダルビッシュも故障を理由に投げなくなったから、今シーズンはもう終わりと思っていたのだが、8月の末ぐらいからカンザスシティの青木が気になりはじめた。彼も前半は本調子ではなく、故障もしたのだが、熾烈な優勝争いをした9月には、4割近い打率を残してチームを牽引した。とは言え、もちろん、生中継を見たわけではない。NHKが優勝争いとは関係なしに、ヤンキースの試合を中心に中継し続けたからだ。

・カンザスシティは大事なところで勝てなくて地区優勝を逃したが、青木はシカゴ戦で13打数で11安打と固め打ちして打率を2分もあげて、最終的には0.285の成績を残した。ヤクルトからミルウォーキーに移って3年目で、毎年同様の成績を残してきたのだが、日本ではほとんど話題にならなかったように思う。それがプレイオフが始まってから、急に注目されはじめた。

・カンザスシティは29年も優勝から見放されたチームで、街自体も田舎の小都市だから、お荷物球団だと言われてきた。しかし、メジャーリーグは弱いチームから新人を採ることができるシステムが徹底しているから、しっかり育てれば強いチームに変身することは可能だ。力をつけた有望選手を強豪チームに売って収入を稼ぐということをしなければ、数年でチームを立て直すことはできるのだが、カンザスシティが本気になってチーム強化に努めたのはここ10年ほどのことのようだ。

・だから、チームの主力はほとんどが20代で、今年は優勝の可能性があるというので青木選手をミルウォーキーからトレードで獲得した。1番バッターを務めてきたが、それだけではなく、若い選手を引っ張るリーダー的な役割も担わされてきた。そのチームが、プレイオフでオークランドに逆転勝利してから、ロサンジェルスとボルチモアをスイープして、8連勝と神がかり的な強さを見せている。

・足の速い選手を揃えて盗塁で相手を攪乱し、鉄壁の守備と強力な抑え投手で、逃げ切ってしまう。そんな試合ぶりにプラスして、レギュラー・シーズンにはなかったホームランで勝つ試合もいくつかあった。今週からはいよいよワールドシリーズがはじまる。相手はサンフランシスコで、このチームもワイルドカードから勝ち上がって、勢いに乗っている。

・僕はサンフランシスコが一番好きなチームだが、今年はカンザスシティを応援することにしている。去年の上原選手のように、青木選手の活躍を楽しみに、今週は朝からテレビ観戦を決めこんでいる。

2014年10月13日月曜日

東京オリンピックと新幹線

・東京オリンピックと新幹線開通から50年でテレビも新聞もその特集を組んでいる。すべてを見たり読んだりしているわけではないが、その中身は、懐かしさばかりのようだ。当然、イベントも行われていて、次の20年のオリンピックを盛り上げる機会にしようという狙いもある。決まったことだから、それはそれでいいことだ、なんてとても思えない。オリンピックなんてやってる場合じゃないだろうと今でも考えているからだ。

・オリンピックのおかげで公共工事が増え、ゼネコンは大喜びだろうと思う。人手が足りなくて困っているという話もよく耳にする。そうすると当然、3.11の被災地の復興工事が滞るわけで、予算を使い切れていないというニュースも見かけた。地方再生が聞いて呆れる状況なのである。

・いったい、64年の主会場になった国立競技場はどうなるのだろうか。ばかでかい新国立競技場は神宮外苑を一変させてしまうほどの大工事である。反対の声が大きいのに、それにまともに応えずに解体工事を始めようとした。ところが、談合疑惑が起こり、業者に告発されたりしている。東京オリンピック50周年をふり返り、20年のオリンピックに向けて特集を組むというのなら、なぜ、メディアは、新国立競技場の問題や「日本スポーツ振興センター(JSC)」のうさんくささを問題にしないのだろうか。

・同様のことは新幹線の50周年にも言える。日本が豊かな社会になることを実感できる機会だったという話を取り上げて、次はリニアモーターカーでもう一度、豊かさを目指そうと言わんばかりの論調だ。それが全くの幻想でしかないことは、50年前と今の日本の状況を考えたらわかるはずで、人口の急激な増加と急激な減少を見たってありえないことなのである。

・リニアモーターカーは500kmの速度を出して東京名古屋間を40分で結ぶのだという。そんな必要がいったいどこにあるのかという話は、以前に書いたことがある。南アルプスをぶち抜いてトンネルを作ること、7割以上がトンネルになること、原発数基分の電力が必要になること、地方再生どころか、ますます東京一極集中を加速させるだけだということ、新幹線が赤字路線に転化してしまうこと、乗客や沿線住民への電磁波被害が置き去りにされていること等々、上げたら切りがないほどである。ところが、そんなことを大きく取り上げるメディアはまた、ほとんどない。

・御嶽山が突然噴火して大勢の登山者が犠牲になった。富士山周辺の自治体も、慌てて対応策を考える会を発足させたりしている。泥縄も最たるものだが、ほとぼりが冷めれば自然休会してしまうのだろうと思う。そんな場当たり的な発想をくり返しても何の役にも立たないのに、である。川内原発再稼働について、原子力規制委員会の委員長や官房長官が、マグマではなく水蒸気だから、川内原発には直接関係しないと言った。火山学の専門家でもないのになぜ、即座に、こんな意見を言えるのだろうか。

・それにしても、テレビも新聞も、御嶽山で犠牲になった人たちのプライベートな話を良くもまあ、次から次へと取り上げて、お涙ちょうだいの物語をつくるものだとあきれてしまった。そんなものは読みたくもないし見たくもない、と思うのは僕だけなのだろうか。亡くなった人がどういう人かではなく、なぜ死んでしまったのか、なぜ防げなかったのかということについて、本気になって取り組む必要性を強調しないと、悲劇の消費に終わって、しばらくたてばまた、忘れてしまうだけなのだろうと思う。

・オリンピックと中央新幹線でさらなる豊かな社会を実現しようというのは、けっして夢ではなく、悪夢そのものだと思う。日本はこれから間違いなく、人口が減り続け、経済もしぼみ続けるだろう。アベノミクスはそれに逆らって、経済成長や人口の増加、そのための女性の活用(躍)、地方再生などをスローガンに上げている。これらがどれほどインチキなものか。もちろん、この点を正面から批判するメディアはほとんどない。

2014年10月6日月曜日

山登りの怖さ

・御嶽山が水蒸気爆発をして、大勢の登山者が亡くなった。2年前の10月に登っていたから、ニュースをネットで読んですぐに、山の様子が思い浮かんで、どこからどんなふうに噴火したのか気になった。YouTubeで検索すると、突然の噴煙に逃げる人が撮ったビデオがアップされていた。山登りをする人たちの多くは、頂上で昼の食事をする。快晴の土曜日の昼前だと、おそらく頂上にはたくさんの人がいたに違いない。これは大変なことになると思うと、血の気が引くような恐怖感に襲われた。

forest103-7.jpg・御嶽山は3000mを越える山だがクルマで2000mを越えるところまで行くことができるから、比較的楽に登れる山だと思われている。僕もそんな気持ちで出かけたのだが、風が強く、がれきが多くて登りにくかったし、山頂近くになると高山病の症状が出て頭が痛くなった。それでも、南アルプスの山脈の向こうに富士山が見えたし、紅葉で赤く染まった斜面の美しさに見とれて、何とか頂上にたどり着くことができた。

・下山ももちろん、足場が悪くて苦労をしたし、寒くて手もかじかんだ。そんな記憶を思い起こしながら、噴石や火山灰に追われ、取りまかれた人たちがどんなふうに逃げたのか、と考えると、大勢の犠牲者が出ただろうことは容易に想像ができた。噴火から1週間が過ぎて、死者は50人を越え、不明者がまだたくさんいると言われている。雲仙普賢岳の噴火による死者数を越えた戦後最悪の火山災害だとも言われている。しかし、犠牲者は登山者だけだから、やはり、特異と言わざるを得ない。

・山登りは今、ブームだと言っていい。中高年から始まって、ちょっと前から「山ガール」といったことばがよく使われるようになった。確かに、お決まりのファッションで登り、頂上に着くと珈琲をたてたり、料理をしたりする若い女性をよく見かけるようになったし、小さな子どもを連れた親子も増えたようだ。僕を含めて、山をよく知らない人たちが、気軽に登るようになったことは間違いない。御嶽山の噴火は、そんな風潮に警鐘を鳴らす出来事だったと言われても仕方がないことかもしれない。

・今回の惨事をきっかけに、日本の火山はすべて登山禁止にすべきだといった発言も出ている。確かに、いつ噴火するかわからないのだから、危険性はいつでもあることは間違いない。ただし、御嶽山でも9月に入って火山性微動が記録されたり、硫黄(硫化水素)の臭いがしたといった報告もあった。あるいは頂上の地震計が壊れて作動していなかったとも言われている。注意を促して登山を控えるようにすることはできたはずで、そうすれば登山者の数はずっと少なかったのではないかと思う。

・それをしなかった理由としては、紅葉の観光シーズンなのに客足が鈍っては困るという経済的な理由があったのかもしれない。近くの開田高原では名物のそば祭りが予定されてもいたのである。同様の理由は、夏の富士登山などにはもっと強く影響するはずで、命よりお金といった発想が、この惨事の一番の原因などではないかと疑いたくなってしまう。川内原発再稼働を進める人たちは、御岳の噴火が再稼働に影響しないよう、無関係を装うことに懸命だった。

・火山には登るなという考えは、当然、火山の多い日本には原発は危険だというところに繋がるはずだし、そもそも火山の近くに住むことだって危ないということになるだろう。富士山の麓に住んでいる者としては、山に登らなくたって、こんなところで生活していること自体が無謀だということになるのかもしれない。実際、噴火したらどう対応するのか、自治体からの具体的な方策や指示は何もないのが現状だから、ドカンときたら、勝手に逃げろというのは、登山者だけに限らないことなのである。

・P.S.大型の台風18号が東海から関東地方を襲って、あちこちの自治体が緊急避難勧告を出した。この大雨や強風の中をどうやって避難しろというのだろうか。しかも、特定の危険な地域というのではなくて、市内全域だったりもした。広島市の災害での批判から、今度は横並びで一斉にといった態度がありありで、出せばいいというのではないだろうと、余計に不信感を感じてしまった。

2014年9月29日月曜日

拝啓、ガラパゴス島の皆様

・異国に旅に出ると、自分が当たり前だと思っている常識や習慣が役に立たないことに気づきます。けれども、その違和感が薄れてくると、今度は当たり前だと思っていた常識や習慣がおかしなものに感じられたりするのです。この夏の旅行でも、そんなことをいくつも経験しました。

・旅先では外食になります。で、その値段の高さにいつもびっくりしてしまいます。もちろん、最近の円安の影響大ですが、高いのはそれだけではありません。スーパーに入って、ハムやパン、サラダ、そしてビールやワインを買ってホテルで食べれば、それほどの費用はかからないからです。外食が高い理由は、おそらく人件費なのだと思います。スイスは明確にそうなのですが、春に行ったニュージーランドもそう言われていました。今回のイギリスやフランス、そしてスペインも同じなのでしょう。

・しかし、逆に言えば、日本の人件費が異常に安いということになります。「激安」ということばが「マスコミ」を賑わしたのは90年代後半からだったでしょうか。その時からつい最近まで、外食産業は値段の安さばかりを売りにして競ってきたのです。安いものばかりに飛びつく傾向が、人件費のカットとなって跳ね返った。まさに、安物買いの銭失いの10数年だったのだ、とつくづく思いました。

・旅先で不便に感じる第一は、トイレです。とにかく公衆便所が少ない。コンビニもないから、探すのに一苦労します。そして駅もデパートも公園も、有料の場合が多いです。と言って、けっしてきれいではない。だから、出かけるときには必ずホテルで用足しをする。歳を取ってトイレが近くなりましたから、いつでも気になることになりました。

・そのトイレは、日本ではウォシュレットが当たり前になりました。しかし、旅先でウォシュレットを見かけたことはありません。男子用トイレに視線を遮る壁がないのも最初は戸惑いました。日本の良さをつくづく感じましたが、しばらくすれば慣れてきて、かえって、あれこれ些細なことに気を遣い、それを便利さや丁寧さと思っていることに、おかしさを感じるようにもなりました。

・初めての街に着いたら、地図を頼りにとにかく歩く。最近はそんな旅を楽しんでいます。当然、公園を見つけて、ベンチや芝生で一休みということになります。そんなときに今回気づいたのは、平日の昼間に、父親と子どもが遊んでいる光景の多さでした。ハウスハズバンドなのか、離婚してシングル・ファーザーになったのか、あるいは夏休みでしたから、バカンスだったのかもしれません。日本でも「育メン」といったことばが流行りましたが、まだまだ当たり前にはなっていないようです。政治家が「女性の活用」などと偉そうに言う国ですから、仕方がないのかもしれません。

・そのバカンスですが、EU諸国では一ケ月ほど取るのが当たり前のようです。日本では有給休暇が少ない上に、取得率が半分にも達していません。回りを気にして休まない傾向は、いつまでたっても解消されません。有給休暇は当然の権利です。そして権利の行使をためらう理由も、けなす理由も、本当はないはずですなのに、日本人には高い壁のように立ちはだかって感じられるようです。

・9月は連休が続きました。当然中央高速道路は連日大渋滞でした。わかっているのにくり返して、休みの貴重な時間を渋滞のなかで過ごす。レジャーの過ごし方がいつまでたってもわからない。そんな国民性を改めて実感しました。

2014年9月22日月曜日

朝日叩きに与するなかれ

・朝日新聞叩きがすさまじい。まさによってたかって袋だたきといった様相だ。原因は「両吉田問題」についての誤報と、それについての訂正や謝罪を巡るところにある。その詳細について、ここで書くつもりはない。ただ、マスコミ、あるいはジャーナリズムのどうしようもなさについては、きちんと発言しておこうと思う。

・まず誤報問題について。マスコミの誤報については「GoHoo」(日本報道検証機構)というサイトが、詳細な情報を載せている。それを見れば一目瞭然で、新聞やテレビにとって誤報は日常茶飯事であることがわかる。しかも誤った報道が与えた影響とは比較にならないほどの、小さなお詫び記事を載せるのが慣例なのは、どのメディアも同じである。

・それなのになぜ、今回は各新聞社やテレビが朝日批判をするのか。そこに安倍政権の力が働いていることは明らかだろう。何しろ新聞もテレビも、そのトップがこぞって安倍首相と食事をしたりゴルフをしたりしているのだから、政権との癒着は露骨と言ってもいいのである。その代表は読売新聞と、フジサンケイグループである。

・その意味では、今回の騒動は、従軍慰安婦問題はなかった、福島第一原発事故は収束に向かっているとしたい政府に同調するグループと、それに批判的なグループの戦いだと言える。実際安倍首相は、朝日の誤報が日本の国益を損なったといった発言をして、あからさまな批判をしている。朝日を叩いて政権に批判的な勢力を一気にやっつけてしまおうという狙いがあるのは言うまでもないことだろう。そしてこの構図は、民主党が政権を取った時から露骨に現れているものである。

・このような風潮に悪のりして、大出版社発行の週刊誌が朝日叩きの特集を毎号書いている。週刊誌はただ売り上げを伸ばすために、誤報など気にせず人の気を引く記事を書くから、今さら正義面はできないはずだが、そんなこと知ったことかという態度である。新潮社も文藝春秋も小学館も、出版社としてどんなにいい本を出そうと、こんな週刊誌を作っていては、とても信用はできないのである。

・もっとも日本のメディア状況の問題が、より制度的、構造的なものに起因していることも知っておく必要がある。1新聞社の発行部数としては日本の読売と朝日が世界1位と2位を占めていて、毎日が4位、日本経済新聞が6位、そして中日新聞が9位と、10 位までの半分を占めている。これはけっして誇れることではなく、異常さを示す数字だと言える。全国規模で新聞を発行する国は、先進国ではあまりないからである。これは要するにメディアの中央集権化に他ならない。

・さらに、テレビやラジオはそれぞれ大手新聞社と一体化していて(クロスオーナーシップ)、しかも、総務省によって電波が管理されている。会長や経営委員が政権によって任命されるNHKは言うまでもないが、民放においても、権力批判がしにくいのは制度上仕方がないとも言える。ただし、電波が国の管理下にあるために、既存の放送局とそれと提携する新聞社には、新興勢力に脅かされるという不安を免れるという既得権がある。

・政府や地方自治体、あるいは警察などを情報源とするニュースはそれぞれの場所に設けられた「記者クラブ」で入手される。当然、その場で取材できる人も、既存の大手新聞社や放送局などに限られていて、フリーのジャーナリスト入りにくくなっている。そんな特権が、情報操作に利用されることもまた、ニュースにはありふれている。誤報とは言えないが歪められた情報が無数にあることもまた、事実である。

・「世界価値観調査」が出す『世界主要国データブック』の「世界各国における新聞・雑誌への信頼度(2005年)」によれば、日本は47.5%で世界で一番信頼度が高い国である。また、テレビについても37.9%で4番目になっている。これは先進国では異例なほど高い数字で、それだけ、マスメディアから発信されるニュースを鵜呑みにする割合が高いことを示すものだろう。

・だから誤報騒ぎには敏感に反応すると言えるのかもしれないが、そもそもそれほど信用できるものではないことを前提に受け止めていないことを自覚する方が、もっと大事だろうと思う。

2014年9月15日月曜日

今度はテニスで大はしゃぎ

・全米オープンテニス大会で錦織選手が決勝戦まで勝ち残った。ベスト8ぐらいまではほとんどニュースにもならなかったのに、ランキング上位の選手を2戦続けてフルセットの末に破ると、突然メデイアが大きく報じはじめた。で決勝戦はということになったのだが、衛星放送のWowowが独占中継していて既存の地上波はどこも中継しないことがわかった。Wowowには対応できないほどの申し込みが殺到したようだ。

・当然のごとく、日本人選手が海外で活躍するたびに現れる「ニッポン」「日本人」が連呼された。一番目立ったのは錦織選手が小学生の時にコーチしたという松岡修造である。まるで自分の愛弟子であるかのような入れ込みぶりは、彼の日頃のハイテンションを考慮してもうんざりするばかりだった。実際、錦織選手は中学生からアメリカに留学して、日本とは関係ないところで強くなったのである。おそらく彼には、日本人だとかアジア人だと言った意識はそれほど多くはないのだろうと思う。

・そんなメディアのはしゃぎぶりに負けなかったのは、彼が契約しているスポンサー企業と、そこに注目する株式市場の動向だった。準決勝に勝った後、ユニクロや日清食品、アディダスなどの株価が高騰したが、決勝で負けると逆に急落したようだ。彼が試合に着ているユニクロのテニスウエアーも完売したようで、ユニクロは1億円のボーナスを出すようだし、彼が所属するカップヌードルの日清食品も5000万円のボーナスをだすと発表した。今回の活躍が経済に与える効果は300億円だと試算するところもあった。

・テニスそのもののおもしろさはそっちのけにして「プチナショナリズム」と「お金」の話で大はしゃぎする。それは7月のサッカー・ワールドカップでうんざりしたばかりだったし、メジャーリーグのヤンキースと高額年俸で契約し、期待にたがわぬ活躍をした田中将大投手に対する声援にも「いい加減にしろ」と言ったばかりだったから、今回の大騒ぎには、またかという呆れと、もう救いようのない「空気」を感じてしまった。

・僕は野球はもちろん、サッカーにもテニスにも興味がある。そして、海外に出て活躍した選手がほとんど例外なく、日本のメディアや日本人が「プチナショナリズム」や経済効果を理由に「がんばれ」と声援する風潮に批判的だったことに、関心と共感と同情を寄せてきた。それは野茂や中田の時代からくり返されてきていることだが、にもかかわらず、反省して改めるといった「空気」はまるでない。この内向き志向は、一度日本という社会(世間)から出て、外から見つめないとわからないのかもしれない。

・ニューヨーク・タイムズが錦織の決勝戦を前にして、「日本人離れした特質」が快挙に繋がったという記事を掲載した。日本人には過度に協調性を重んじる傾向があって、それはスポーツにも及んでいるが、中学生からアメリカで生活している錦織には、そんな傾向を気にする思考方法がなく、個性を大事にするところがある。そんな内容だった。ガラパゴス島に生きる人にはわからないが、外からこの島を見る人からはその特徴がよく見えている。この記事には、そんな印象を強く持った。

・もう一つ、全米オープンについてネットで検索していて、同時に車椅子テニス部門があることと、そこで男女とも日本人選手が優勝したことを知った。国枝慎吾選手は今回で5回目、上地結衣選手ははじめての優勝で、二人ともダブルスでも優勝している。あるいは伊達公子も女子ダブルスで準決勝まで勝ち進んだのだが、錦織選手の陰に隠れて、ほとんど話題にされなかった。どちらも快挙なのに、こちらには目もくれない現金さ。嫌な「空気」だな、と今さらながらに思う。