2008年5月18日日曜日

チャールズ・テイラー『<ほんもの>という倫理』産業図書

 

taylor.jpg・「ほんもの」は英語では「オーセンティシティ」という。「リアリティ」とはまた違う意味で、アカデミックな世界ではよくつかわれることばだ。たとえば、「オーセンティック」なロック音楽、「ほんもの」のミュージシャンといった言い方がされる。それが、じぶんでも気にいったものなら、ほとんど疑問ももたずに、すぐに同調したくなる。ここで「オーセンティック」や「ほんもの」という評価の根拠となるのは、多分、音楽性や芸術性、あるいは文学性といったものだ。優れているからそう評価されるのだから、そこには当然、「名誉」や「称賛」の気持がともなうことになる。

・一方で、「ほんもの」にはかならず、その対比として、そうでないものが含意されていて、そこには、いんちき、偽物、屑といったことばがつかわれる。何かを高く評価するためには、低い評価のものとの比較が必要で、そうした方がぜったいわかりやすいし、説得力もあるからだ。
・だから、このことばを使うことにはある種の抵抗やためらいもある。たとえばポピュラー音楽でいえば、そもそもその価値はクラシック音楽との比較の上で、たえず偽物やがらくたとして蔑まれてきたという歴史をもっている。ロックは、その価値を転倒させた音楽だが、今度は、それをほんものとして、別の音楽を屑だと批判するようになった。その気持はわかるし、ぼくも、そう言いたくなることがしょっちゅうある。けれども、そこには何かすっきりしない、わだかまりものこってしまう。

・テイラーは、その点を「名誉」と「尊厳」の違いとして説明する。つまり、「名誉」は社会階層を基礎にして感じられるものだが、「尊厳」は、普遍主義的で平等主義的な前提にたつというのである。現在の社会通念では、階級や階層は差別意識の土台として非難され、「人間の尊厳」はすべての人に平等に分けもたれたものとして受けとめられている。だから、何かを指して「ほんもの」だとか「オーセンティック」だということに感じるわだかまりは、そうではないものの「尊厳」を否定するニュアンスを自覚するからだ、ということになる。
・テイラーは、「人間の尊厳」を否定せずに、なおかつ何かを、誰かを「オーセンティック」だとするやり方はあるという。彼によれば、「オーセンティシティ」は、じぶんよりも大きな社会、世界、宇宙といったところに立ったときに考えられる「重要な問いの地平」、あるいは「道徳的理想」を基準にして判断されるものである。すべての人の権利や尊厳を認める「平等」という原則は、基本的には相対主義的なものだが、現代のそれは「重要な問いの地平」や「道徳的理想」をきれいに捨象してしまっているから、人それぞれの多様性や雑多なものごとを横並びで共存させて、尊重しているふうを装っているだけだ、ということになる。

・だとすると、ロック音楽における「オーセンティシティ」は、まず第一に、この社会に対する批判精神の有無によって判断されるということになるだろう。それがなければ、どれほどの人気に支えられようと、音楽性が高かろうと、それは「ほんものではない」と言えるはずである。

・テイラーは「[自己の]外部からやってくる道徳的な要請や、他者との真剣な関わり合い」を軽視、あるいは認めずに「自己達成を人生の主要な価値とする」傾向を「ナルシシズムの文化」と呼ぶ。彼によれば、これこそが、ほんものという倫理を陳腐なものにした元凶である。「ナルシシズム的な自己達成」は何より自由を主張して、関心を自分にのみ向けがちになる。それは平等を基盤にした「人間的尊厳」に支えられる生き方だが、同時に、自分を他者より優った者、つまり、自己の「ほんもの性」をたえず確認したがる存在でもある。
・現在の消費社会、とりわけ「ブランド」イメージは、このような欲望に訴える。自己の「アイデンティティ」は「重要な他者がわたしのうちに承認しようとするアイデンティティとの対話のなかで、またときには闘争のなかで、自分のアイデンティティを定義」してはじめて、自他の間で了解されるものになるが、「イメージ」を消費してまとう限りは、そのような面倒なやりとりは必要ない。


人生の意味を追求し、じぶん自身を有意義な仕方で定義しようとする行為者は、重要な問いの地平に生きねばなりません。そしてそれこそは、自己達成にひたすら邁進して社会や自然の要求と対立する現代文化の流儀、歴史を隠蔽し、連帯の絆を見えなくさせる現代文化の流儀では、やろうにも自滅するほかないことなのです。

・何か、誰かの「ほんもの性」を問うことは、当然、自分に跳ね返って、自分の「アイデンティティ」を見つめなおせと問い詰めてくる。その自覚がないところでは、「ほんもの論議」はまた、無益に消費されるものでしかない。この意識は、世界中のどこより、現在の日本人に欠けているもののように思う。

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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。