・スタッズ・ターケルはインタビューを得意にしたジャーナリストだった。ごく普通の人から普通でない話を聞き出す名人だが、ぼくは彼の著書の一部を、もう20 年以上前に訳したことがある。100人を越える人びとへのインタビューによって一冊の本を作るというスタイルで、彼は何冊もの本を書き、ピューリッツー賞も取ったが、2008年に亡くなった。その彼が2007年に出したのがこの自伝である。日本では2010年の3月に翻訳された。
・ターケルは「口述の歴史家」と言われる。しかし、彼はみずからを歴史家などとは規定しない。確かに、彼が出した本は、大恐慌や第二次大戦をテーマにしているが、それは多くの人へのインタビューを通して、歴史を研究するためではなく、一人一人の人との心の交流を大事にするからだ。要するに「わたしは人の話を聞くのが好きなのだ。それに、話を聞きながら自分もしゃべれる。」
・『自伝』にもまさにそんなふうにして、彼の歴史というよりは、折々の出来事と、そこで出会った人たちの話が語られている。ニューヨークで生まれたが9歳でシカゴに引っ越した後、彼の生きる場はずっとシカゴだった。シカゴ大学のロースクールを出た後弁護士にはならず、芝居の役者やラジオのDJ、あるいは番組のシナリオライターなどをやり、取材の時に培ったインタビューの術が生かされて、本を書くようになった。
・その本のテーマは、シカゴを題材にした『ディビジョン通り』、大恐慌をふり返った『つらい時代』、第二次大戦を語った『よい戦争』、公民権運動と『人種問題』、そして、レーガン大統領以降に現実化した『アメリカの分裂』、あるいは人びとが日々感じた『仕事!』の中での喜びと屈辱や『アメリカン・ドリーム』、そして『死について!』と続いた。どの本も、その分厚さが目立つ大著だが、それはまさに、おしゃべり好きのターケルならではという、話の連続になっている。
・『自伝』もまた400ページを越える大著だが、その中身の多くは大恐慌から第二次大戦後の赤狩りの時代に割かれている。この本に登場する出来事とそれにまつわる人びとは、彼にとって語るに値する人間たちである。その理由をターケルは次のように書いている。
わたしの人生観を変えた経験は‥‥‥政治的な面だけでなく、あらゆる面で‥‥‥大恐慌だ。わたしはその場にいて、そのこんなんな時代がまともなひとたちにどんな打撃をあたえたかを目の当たりにした。そして人生観を変えた大発見とは、人は特殊な状況に置かれたときどうふるまったかが問題で、どんなレッテルを貼られたかは問題ではない、ということだった。誰かを「共産主義者」「赤」「ファシスト」と呼ぶのはたやすい。しかし人として真価を問われるのは、ある瞬間にどんな行動を取ったかということなのだ。(242頁)
・どんなめにあってもへこたれない、どんなにつらい、厳しい状況におかれても諦めない。ターケルの本からは一貫して、こんなメッセージが読み取れる。そのことを前面に出してテーマにしたのが『希望』だ。原題は「希望は最後に死ぬ、むずかし時代に信念を持ちつづけること」である。
・その中に登場するフォーク・シンガーのピート・シーガーのことは、『自伝』の中でも何度も語られている。大恐慌の時代と労働運動、赤狩りの時代への抵抗、そして黒人差別に反対した公民権を求めた活動‥‥‥。そのピート・シーガーは90歳を過ぎた今でも健在で、オバマ大統領の就任式では元気に『我が祖国』を歌った。2008年の10月に死んだターケルは、オバマ候補の出現をどんな風に感じていたのだろうか。そのことを彼の言葉として聞くことはできないが、シカゴを地盤にしたアメリカ初の黒人大統領の実現は、彼にとって希望を託す存在になったのは間違いない。
0 件のコメント:
コメントを投稿
unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。