2026年4月27日月曜日

キョウヨウが大事です

NHKの夕方のテレビを見ていたら、直木賞作家の阿刀田高が出ていました。今年で91歳になるようです。お元気そうで、まだ執筆活動も続けているということでした。僕は彼の作品は全く読んでいませんが、ユーモアを大事にするという執筆の姿勢はインタビューにも良く表れていました。その中で、「今大事にしていることは?」といった質問に「キョウヨウですね」と答えたことに興味を覚えました。それは「教養」ではなく「今日用」だったからです。歳をとると暇な分、毎日することがなくて、無為に過ごしがちになります。だから今日の用事を探したり、作ったりすることが大事になるという話でした。僕はそれに強く共感しました。

退職して毎日が日曜日になるのは、年季奉公から解放されて自由の身になることを意味します。僕はずっとそれに憧れていて、定年の2年前に退職をしたのです。しかし、いざ自由の身になると、何も予定がなくてすることがない日が続いたりしました。何かやることはないかと、今日の用事を自分で作る必要を感じるようになったのです。

もっとも、田舎暮らしですから、やらなければならないことはたくさんありました。冬のストーブ用の薪作りは、日に2時間ほどと決めての作業ですが、寒い時期に何ヶ月もかかる重労働です。身体にも負担になりますが、薪が少しずつでき上がるのを見て、無上の喜びを感じたりもするのです。あるいは家のメンテナンスとしてやる大工仕事やペンキ塗りも、毎年どこかをということになります。もちろん家事も分担して、毎日の中でやることを決めているのですが、それでもやっぱり、何もすることがなくてだらだらしたり、退屈を感じたりすることは少なくありません。

退職して間もない頃は、山歩きにも出かけ、湖畔を一周する自転車にも頻繁に乗りました。しかし最近では山歩きは近くの低山をたまにとなりましたし、自転車に乗るのも億劫に感じるようになりました。河口湖が観光客で溢れるようになって、のんびり自転車でといったことができにくくなっています。それを避けて早朝にということになりますが、それでは暖かくなってからに限定されてしまいます。

本を読むのが仕事だったのに、それも退職してからはめっきりしなくなりました。辞めても研究活動は続けるという人には敬意を表しますが、僕は退職したら研究もやめると決めていました。特に追いかけたいテーマがなかったですし、根っからの勉強好きでもありませんでした。しかし、ホームページをずっと続けてきて、週一回の更新だけは止めないようにしています。一月半に一回は本やCDの紹介をしなければなりませんし、どこへ行ったとか、何をしたとかいう材料も定期的に作る必要があるのです。

ですから、僕にとっての「今日用」はホームページの更新を続けるための材料集めが一番だということになります。週一回とは言え、ネタ探しには苦労することが多いです。専門書を読まなくなったので、興味のありそうな本を見つけるのに苦労するようになりました。本棚に積読している本の中から選ぶこともありますが、改めて読もうかと思う本は多くありません。退職前に作った20ほどの書架には5000冊以上の本がつまっているのにです。困っているのはCD、つまり音楽でも同じです。好みのミュージシャンは誰もが高齢化して、もう新曲は作らなくなったり歌うことすらしなくなりました。かわりに、亡くなったと聞いて書く追悼文が多くなりました。ちなみに、1500枚を超えるCDの多くにはカビが生えています。

そんなわけで、「今日用」は、今後ますます、僕にとっての大事なことばになりそうです。そのためには、何かを探すアンテナの感度が衰えないよう、何をするにも必要な体力の維持に努めるよう、改めて自分に言い聞かせている今日この頃です。

0 件のコメント:

コメントを投稿

unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。