2001年2月5日月曜日

D.A.ノーマン『パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう』(新曜社)


・この本でノーマンが力説しているのは、けっして反コンピュータではない。逆にもっともっと使いやすいものになるべきだという主張である。「IT 」ということばが時代を象徴するものであるかのように使われているし、「ハイテク」なることばも相変わらず顕在だ。しかし彼は「ハイテク」は未熟なテクノロジーの別名だという。

・新しいテクノロジーは最初、その目新しさ、あるいは希少価値によって注目され、人の欲望を駆り立てる。高価でけっして使いやすいわけではない。というよりは使い道さえはっきりしているわけではない。初期のパソコンがまさにそれだった。しかし、「テクノロジーが基本的なニーズを充たす地点まで達したとき、テクノロジーの進歩は魅力を失う。」つまり、機械や道具はそれがハイテクと思われているうちは不完全なもので、成熟すれば、そのテクノロジーの存在は自覚されなくなるというのだ。

・考えてみればあたりまえだが、読んでいて目から鱗という感じがちょっとした。テクノロジーは何か便利な道具の裏に隠れて、何ら存在感を主張しないで機能する。ぼくはパソコンを主にワープロとして使っているが、同じ筆記用具である鉛筆や万年筆やボールペンをテクノロジーだとは思わない。手に持った感触や書き味、字の太さなどで道具を選ぶことはあるが、処理スピードだとか、記憶容量だとかいったテクノロジーの能力そのものなどまったく関係がない。相変わらずそのあたりが商品価値として喧伝されているパソコンの状況は、それが依然として幼稚な段階にあることを証明しているというわけだ。

・ノーマンは性能を売り物にする傾向を「なしくずしの機能追加主義」とか「蔓延する機能追加主義」と呼ぶ。それはまさに病だが、パソコンには、クロック・スピードがギガヘルツになったとか言って驚く風潮が顕在で、誰も、それが病気の症状などとは思っていない。ぼくはマックを使い始めて12 年になるが、その間に次々と8台ほどを購入した。理由はもちろん、CPUの能力や記憶容量で、買い換えなければ、必要な作業ができなくなるという不安におそわれたためだ。

・しかしこれはおかしな話で、まずまず満足がいく仕事をしてくれるパソコンは壊れないかぎりは、仕事をさぼることはない。能力が落ちるのはソフトをバージョンアップするからで、ハードとソフトは、絶えず買い換えさせるために、共謀して、いたちごっこを繰り返している。ぼくらは、その罠にまんまとはまりこんでしまっているのである。ぼくがこれまでソフトとハードに使った金額はたぶん500万円を超えているだろう。何しろ最初のMac SE30だけで100万したし、ソフトや周辺機器をあわせると150万円以上も使ったのだから………。

・ノーマンは「MSワード」が1992年に311のコマンド(機能)をもっていたことを、それでも多かったと言ったあとで、97年には 1033になったと指摘している。コマンドの多さは能力の向上を示すが、実際に使ってみれば、かえって煩雑で使いにくい。ぼくは数年前から文章を書くのは単機能のエディターにしてワープロ・ソフトは捨ててしまったが、学生からのレポートがワードのままで送られてくるから、仕方なしにMS Officeを買い直した。しかし、ワードはほとんど使っていない。ぼくは文章を書きたいのであって、パソコンの操作を楽しみたいわけではないのである。

・この本の原題は"Invisible Computer"と名づけられている。つまり、コンピュータをやめてアナログ的な道具で行こうというのではなく、コンピュータであること意識せずまるで鉛筆や筆のような感覚で使えるコンピュータを望む、という主張なのだ。

・前回書いたが、ぼくは大雪でえらい目にあった。雪道の運転は怖いが、それは同時に4つのタイヤの微妙な動きを意識させてくれる瞬間でもある。ぼくの乗っている車は4駆でABSやVDCといった機能がついている。メーカーのCMにはよく登場する文字で何となくよさそうだ、とか高機能で格好いいといった感じだが、それは雪道のようなところ以外では自覚できるものではない。たとえば、タイヤの一つがスリップをし始めると、コンピュータ制御された動力部分はスリップしたタイヤに送る力(トルク)を減らしてスリップをやめさせるようにする。ようするにスリップし始めても。車自体がそれを回避してくれる。長時間の運転のなかでくりかえしそれが働いて、ぼくはすっかり感心してしまったが、その機能は普段はまったく働かないか、働いてもドライバーに自覚されることはない。

・これはもちろん車に積まれたハイテクだが、パソコンにくらべたらその自己主張は謙虚で、しかも確実だと思った。逆に言えば、パソコンは何の役に立つのかわからないハイテクで飾られすぎているということになる。

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