2006年2月16日木曜日

スペイン便り・その1


spain1.jpg・休暇も残りわずかになった。いつもならこれから学部や院の入試で忙しい時期なのだが、今年はすべて免除されていて、しばらく大学に行く用事もない。で、スペインに出かけることにした。特に目的があるわけではない。美術館巡りとフラメンコ、あとは食事にワイン、正真正銘の観光旅行である。強いてあげれば、オーウェルの『カタロニア賛歌』を少しだけ辿ってみたいといったところだが、何が辿れるのか、あてがあるわけではない。
・飛行機はシベリア上空を西に飛ぶ。眼下には凍りついた大地と川、あるいは湖が延々と続く。街や道路があるのかないのか、人が住んでいる様子はわからない。東から夜が追いかけてくる。北には冬中夜の北極。すぐにも暗くなりそうなのに、いつまで経っても暮れては来ない。何とも奇妙なところにいる。そんなことを考えながら、ぼんやり窓の外を眺めていた。

spain2.jpg・最初はマドリードから。とにかく、スリ、置き引き、ひったくり、あるいは首締め強盗に気をつけろ、といったことが、ガイドブックやネットのサイトに書いてある。犯罪が多いわけではないが、日本人がよく狙われているという。だから第一日は手ぶらで、財布も持たず、現金をポケットに分散させてつっこんだ。パスポートのコピー。市内の観光も午前中は日本人ガイド付き。プラド美術館で「ゴヤの裸のマハ」を見た。写真撮影OKで先ず一枚。しかし、ソフィア美術館はカメラの持ち込みも禁止でピカソの「ゲルニカ」は眺めるだけだった。だから、その前に立って数分、目に刻むように見つめた。圧倒的な迫力。座り込んで動かない人も数人いた。

spain3.jpg・マドリッドでは地下鉄もタクシーも危ないからやめとこうと思ったのだが、預けた鞄がなくなり、もう一回空港まで行かねばならなくなって、タクシーを使った。ドライバーは若い兄ちゃんで首にかわいい刺青が入っている。必要なスペイン語会話をピック・アップしてノートを作ったが、それで調べて「レシーボ・ポル・ファボール」(領収書をください)と言う。誤魔化されないための工夫だそうだ。25ユーロ。帰りはバスと地下鉄にした。何度か乗り換えたが、言われるほどには怖くはなかった。鞄は空港にはなく、いろいろ文句を言っているうちにホテルに着いていた。「アシタ・マニアーナ」の世界に来たことを実感。そのうち来るとホテルでのんびり待っていればよかったのに、それができないせっかちさが日本人の悲しいところだ。夜はホテルの近くのレストランでタコのパエジャを食べた。おいしかったけど量が多い。

spain4.jpg・マドリードからはAVE(新幹線)でコロドバへ、そこで「メスキート」(アラブ支配時代の教会)やユダヤ人街を見て、翌日はグラナダの「アルファンブラ宮殿」、そして次の日はピカソの生まれ故郷のマラガからリゾート地のミハスへ移動して、地中海を望むマルベーニャ。夕日がジブラルタルに沈む。その先にはアフリカ大陸。♪思えば遠くに着たもんだ♪と、思わず口ずさんでしまった。
・で、次の日はケルトの作ったロンダの町を経由してセビリアまで来た。コロンブス、カルメン、セビリアの理髪師、そしてフラメンコ。セビリアに限ったことではないが、町のなかに歴史が生きている。フェニキア、ローマ、アラブ、カスティーヤ……。どの町にも旧市街を守る城壁があって、侵略と栄華と陥落の歴史がある。

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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。