2011年12月26日月曜日

2011年という年

 

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今年は何という1年だったんだろうと思います
一番はもちろん、大震災と原発事故ですが
僕にとっての最初の驚きは
アラブ諸国で続発した「ジャスミン革命」でした
その思いは僕が浪人をしていた1968年に重なる気がして
そのことを2月28日に「1968と2011」 に書きました

この頃は私的にも
体調を崩した父の問題で家族会議を開き
介護付き老人ホームを探して
ショート・ステイを試みたのですが
父が退院した翌日に地震が起きました
息子の結婚式が1週間後に予定されていて
宮古島でということもあって心配しましたが
参加者が半減とは言え、無事行われ
その前後に予定していた沖縄・八重山旅行も決行しました

震災と原発事故の影響で
大学の卒業式と入学式は中止になり
新学期の開始も5月の連休からになりました
新1年生への、そして計画停電への対応などで
学部長の仕事に忙殺されました
落ち着かない中で読んだ本は
地震と原発についてのものばかりでした

我が家にも光ケーブルがやってきて
ツイッターやフェイスブック、Youtubeなど
インターネットの使い方が激変しました
ここにはもちろん、iPadの利用が入ります
テレビがつまらなくて信用できないと感じたことや
地デジ化政策のおかしさに腹が立ったことなどで
テレビを見る時間は少なくなりました
今年は新聞やテレビといったマスメディアの
信用失墜と凋落の年でもありました

夏休みには初めての韓国旅行に出かけました
人も町並みも日本とあまり変わらないのに
文字が全く読めないし、食べ物も辛くて味が濃い
そんな奇妙な違和感に戸惑いとおもしろさを経験しました
僕にとっては本当に、近くて遠い国でした

12年間で27万キロを走った
レガシー・ランカスターを手放して
色も外観もあまり変わらない
レガシー・アウトバックに乗り換えました
同様に、酷使を続けたストーブも煙突ごと付け替えました
その意味では、出費がかさんだ一年でもありました

原発事故への対応エネルギー政策を巡る政争には
政治家や官僚に対する不信感だけが募った気がします
反原発運動を無視するテレビや新聞の露骨な姿勢が
権力に弱いメディアの正体をあからさまにしました

就職超氷河期の今年も
ゼミの学生たちには苦難の一年でした
ギリシャに始まるEUの財政危機や
アメリカの経済政策を批判してウォール街を占拠した人たち
今年はデモで始まり、デモで終わった年でもありました
来年がいい年でありますように
などとはとても言えない、思えない
そんな時代の重苦しさを感じます

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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。