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"O
Brother"は今年のグラミーでアルバム賞をとった。コーエン兄弟の映画のサウンドトラックだ。コーエン兄弟は『ファーゴ』などどちらかといえばちょっとマニアックな奇妙な映画をつくっているから、その映画のサントラがアルバム賞を取るとは驚きだった。しかし、ほかの賞はU2が去年と同じアルバムで総なめ状態だったから、これしかなかったのかな、という気もする。要するに超不作の年だったのである。
・いい作品が生まれなければ、売上げも落ち込む。グラミーの授賞式では、その原因をインターネットでの違法コピーのせいにしていた。近いうちにCDはコピーができないようになるらしい。音楽は商品なのだから、その価値を守るのは当然だが、買いたい気をおこさせるほどのものがない状況の方がもっと深刻だろう。
・45回転のシングル盤が開発され、ロックンロールが誕生した1950年代以降、レコードの売上げは盛況と沈滞を交互にくりかえしてきた。たくさん売れた時期は、新しい音楽の波がうまれたときで、サウンドはもちろん、パフォーマンスもファッションも一新される。それに、考え方や行動の変化が伴う。音楽はまさに、若い世代の文化を左右する動因という役割を担ってきた。
・ところがである。90年代の女性シンガー・ソング・ライターが続出した一時期以降、新しい流れはまったくでていない。ユース・カルチャーに占める音楽の重要性もひどく低下した。ここ数年グラミーを取ったのは、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、サンタナ、U2とベテランばかり。そして映画のサントラである。しかも"O
Brother"はブルーグラスとカントリー、それにブルース。どちらかといえばトラディショナルといったほうがいいような地味な内容である。
・とはいえ、"O
Brother"の内容そのものに不満があるわけではない。もともと音楽に興味をもったのもフォークだったから、ぼくはカントリーもブルーグラスも大好きだ。挿入歌の大半は地味な人たちが唄うトラディショナル。ぼくが知っているのはエミルー・ハリスぐらいだ。"I
am a man of constant
sorrow"が3種類入っているが、ぼくにとってこの曲はディランで聞き慣れていて、「いつも悲しい男」という題名とあわせて印象が強かったから、とても懐かしかった。
・新しいものがうまれないときには、初心に帰る。そんな傾向があるのかもしれない。タワー・レコードでも気のせいかもしれないが、ブルーグラスやカントリー、それにブルースの棚がにぎやかだった。そのなかで見つけたのはJerry
GarciaとDavid Grisman の"Grateful
Dawg"。ジェリー・ガルシアはグレイトフル・デッドのリーダーでとっくに死んだ人だが、このアルバムは2001年の発売である。中味はロックではなくてブルーグラスとカントリー。ぼくは初めて知ったのだが、ガルシアは60年代半ばにグレイトフル・デッドでデビューする前は、バンジョウ奏者だった。
・ガルシアは60年代後半のサンフランシスコでヒッピー文化の中心にあって、音楽はもちろん、その言動や生き方で教祖的な存在になった人だ。グレイトフル・デッドのファンは「デッド・ヘッズ」と呼ばれる。ガルシアの影響力の強さを物語る名前だが、彼はポップな絵も描いたし、『自分の生き方をさがしている人のために』といった本も書いた。ガルシア本人のものだけでなく、デッドのアルバムも解散後に数多く発表されている。デッドは精力的にコンサートをこなし、カメラやテープレコーダーの持ち込みを禁止しなかったから、海賊版も数多いようだ。
・で、"Grateful Dawg"だが、これも映画のサウンドトラックである。David
Grismanはマンドリン奏者でガルシアは生ギター、それにバンジョー。どちらも真っ白な長髪とあごひげ。同名の映画は、2人のコンサートやスタジオ録音、あるいは日常生活をおったドキュメントのようだ。だから、曲はほとんどがライブになっている。
・ぼくにとってグレイトフル・デッドは、何といってもディランとの共演『ディラン&ザ・デッド』での印象が強い。だからこのアルバムをみつけて、今頃になって、ガルシアの新しい側面を教えられた。もう死んでしまって残念だが、改めて、彼に注目して見たい気になった。