2026年6月29日月曜日

ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』 (法政大学出版局)

シベルブシュには西欧の近代化をテーマにした三部作がある。取り上げているのは鉄道と明かり、そしてコーヒーやタバコの嗜好品だ。出版されたのは1970年代後半から80年代にかけてで、それほど時間が経たずに翻訳されている。それぞれのタイトルは『鉄道旅行の歴史』『闇を開く光』『楽園・味覚・理性』でいずれも法政大学出版局から出された。僕はこの本を勤めていた大学の同僚に教えてもらったから、読んだのは90年代になってからだったと思う。「鉄道」から読みはじめたら面白くて、三冊を短期間に一気に読んだことを記憶している。だから、もう一度読みたいものはと本棚を探してすぐに目についたのが『鉄道旅行の歴史』だった。なお、表紙は現在のものと違っていて、新装版として2011年に出されたものである。間にもう一冊新装版があったようで、学術書なのにロングセラーであることを改めて確認した。

schivelbusch.jpg 鉄道の発達は蒸気機関の発明から始まる。それが馬車に取って変わる機関車になり、荷物の運搬から人の移動手段として発達するようになる。そうなった時に人々が驚いたのはその早さだった。馬車に比べて三倍ほどの速度だったが、それは空間や距離、そして時間の抹殺として実感された。その早さは乗客の感覚をも狂わせる。窓から見える景色が流れるように変わっていったからである。この本の面白さは、当時の人々の声を丹念に拾っているところにあるが、やがて鉄道網が全国的に普及するようになると、その移動の仕方は当たり前のものになる。

鉄道旅行は目的地までの時間を短縮して、そこまでの空間を窓越しに見る舞台装置に変えた。それは奥行きのないパノラマの風景であり、それを見ることが魅力にもなったが、やがてそれに対する関心は薄れ、読書という新しい時間つぶしが始まることになる。同様の変化は馬車に同席した人たちの間では当たり前だった談笑が消え、やがて沈黙しあう場に変わったところにも見られた。鉄道による移動が日常的なものになり、都市が拡大して見ず知らずの人たちが同乗し、同席するのが普通になって、関わりを持たないことを了解しあう「儀礼的無関心」がマナーになったのである。

・乗合馬車、鉄道、市電は、19世紀に作りだされるが、それ以前には人たちは、互いに話しあうことなしに、数分間ないしは数時間、互いに鼻つき合わせて見つめ合うことができる、あるいは見つめ合わねばならぬような状況にはなかった。(G.ジンメル)
もちろん鉄道旅行には民主主義の普及を促進するという役割もあった。一等や二等といった座席の違いはあれ、目的地には同じ時間で到達できたのだし、窓から見える風景にもそれほどの違いはなかったのである。安価に早く移動できれば多少のお金や余暇を持った人たちには、景勝地や繁華街に出かけて観光や娯楽を楽しむ余地が生まれた。

米国の鉄道はヨーロッパと違って未開の地を開拓して、新しい町を作り、農業や工業を発展させるという役割を果たした。その客車が小さな個室に分かれたものでなく、車輌にイスが並ぶ大部屋式で発展したことに、著者はアメリカ的な特徴を見つけ出している。同乗者を気にするのもしないのも自由だし、車内を移動して別の席に移動し、興味を持った人と話をすることもできる。そこに、移民達が作り上げたアメリカという国と新しく生まれた気質を見出すことができるというのである。

20世紀になるとアメリカから始まった自動車による移動が世界を席巻するようになった。そして後半になると飛行機によるもっと遠距離を短時間で跳ぶ移動手段が普及した。それは人間関係の仕方にどんな変化をもたらしたのか。そんなことを改めて考えてみたくなる一冊だったが、そう言えばと、カー・コミュニケーションにつて書いたことがあったのを思いだした。

2026年6月22日月曜日

次はやっぱりローリングストーンズ

rollingstones1.jpg 前回ビートルズを取り上げて、次は誰かと思案していたら、ローリングストーンズが新しいアルバムを出すというニュースが飛び込んできた。それなら次はやっぱりローリングストーズだなと思ったのだが、発売は7月になるという。それでは間に合わないからと、手にする前に取り上げることにした。アルバムのタイトルは"Foreign Tongues"で「外国語」という意味だが、辞書には神がかり的な状態で話すことばである「異言」という意味もあるという。こちらの方がこのグループらしいがどうだろうか。

ローリングストーズは1962年にデビューしているから、今年で結成64年ということになる。5人のメンバーのうち3人はすでに死んでいて残っているのはミック・ジャガーとキース・リチャードの二人だけである。当然二人とも80歳を超えていて、もう一人のロン・ウッドも79歳だから、超高齢のロックバンドということになる。ジャケットの顔はその3人の顔を合成したものなのだろうか。

僕がローリング・ストーンズをよく聴いたのはビートルズ同様60年代の後半から70年代にかけての頃で、持っているアルバムは『サタニック・マジェスティーズ』(1967)、『レット・イット・ブリード』(1969)、『スティッキー・フィンガーズ』(1971)、『山羊の頭のスープ』 (1973)、そして『ストリップド』 (1995)の5枚だけである。解散したビートルズと違ってずっとアルバムを作り続けて来て、その都度話題にもなったはずなのに、なぜ興味を持たなかったのだろうか。自分でも改めて不思議な感じがした。

たった一回だけのビートルズと違って、ローリングストーンズは何回も日本に来て公演をしている。ただし1990年以降で、ほとんどは野球のドームである。最初は1973年に予定されたが、外務省が過去の大麻所持を理由に入国を認めなかったために、直前でキャンセルされている。この頃大麻ぐらいは来日する多くのミュージシャンがやっていたはずで、ローリングストーンズはスケープゴートにされたのではと疑ったことを覚えている。そう言えば来日に合わせて出されたアルバム名も「山羊(ゴート)」だった。ちょうどよく聴いていた時期だったから行きたいと思っただろうが、武道館だけで、わざわざ京都から行くほどではなかったのかもしれない。

前回、ジョン・レノンとボブ・ディランの関係に触れたが、ディランとはロン・ウッドとキス・リチャードが親密で、1985年に開かれた「USAフォー・アフリカ」などいくつかの舞台で共演しているし、レコーディングの製作にも参加している。対照的にミック・ジャガーとの関係はあまり語られていないが、どうだったんだろうか。そもそも名前の「ローリングストーンズ」はディランの「ライク・ア・ローリングストーン」との関係を予測させるが、1965年の発表だから、影響を受けたのはディランの方だったのかもしれない。Googleで調べると、名前の由来はマディ・ウォーターズの「Rollin' Stone」だとあった。

ともあれ、60年以上も解散せずに、アルバムを出し続けているということ。爺さんになっても相変わらずの悪童ぶりのパフォーマンスには敬意を表したいと思った。

2026年6月15日月曜日

ナフサ不足とプラゴミ

ナフサ不足でそれを原料とするプラスチックやポリエステル、合成ゴム、そして塗料や合成洗剤などの加工品が充分に供給できていないと言われている。僕もペンキの薄め液をホームセンターに買いに行ったところ、残りわずかで一人一瓶となっていた。菓子の袋が単色になったのも目につくが、配管や医療機器にも欠かせない素材のようだ。今回のことで、今さらながらに石油に依存した社会であることを実感した。

ナフサは原油を精製する過程で取れるもので、粗製ガソリンとも言われている。つまりガソリンはナフサをさらに精製し直すものだから、基本的には二つは同じものだと言える。原油の精製はその後、灯油、軽油、重油、そして残りかすのアスファルトに分解されていく。

とわかって、頭をかしげてしまった。今ホルムズ海峡の封鎖によって原油が届かず、ナフサ不足に陥っていると言われるが、ガソリン不足という声は聞こえてこない。政府は不要不急の運転は控えましょうなどとは言わないし、逆に価格を下げる補助金を出し続けている。4月は一ヶ月で3100億円の支出だったようだし、補正予算のかなりの部分がこれに充てられるようだ。ガソリンは補助金をなくせば容易に需要が減ると予測できるから、ナフサが不足しているのならガソリンを減らせばいいだけなのである。政府はそれでは経済が沈滞してしまうと考えているのだろうが、ナフサ不足ですでに停滞しはじめているのである。

けれども、これまで通りにナフサが供給されればそれでいいかというと、そうも思わない気になってくる。我が家では週に一回スーパーマーケットで買い物をしている。肉や魚などはもちろん野菜などにプラスチック容器が使われているし、飲み物にはペットボトル、そしてポリエチレンなどで作られる包み袋やラップがかなりの量になっている。週一回の買い物で済むのはそのおかげで、便利はしているのだが、何かおかしいという気持ちもずいぶん前から感じていて、何とかならないものかと思ってきた。

子どもの頃にした買い物では、肉は経木に包んでくれたし、豆腐には鍋を持参した。刺し身も経木の船だったように記憶しているし、野菜などを包むには新聞紙が使われていた。プラスチックやラップが普及すると、経木は消え新聞紙も使われなくなったが、ナフサ由来ではない原料で工夫した新しい容器をつくる良いきっかけになるのではないかと思う。

もちろん、プラスチックの再利用も重要だろう。しかし、捨てられたり、燃やされたりするものがまだまだ多いようだ。ちなみにAIに尋ねると、燃やして熱エネルギーにするのがほとんどで、プラスチックとして再加工するのは2割程度のようだ。環境に捨てられたプラスチックは地中に混じり、川に流れて海に届く。その徐々に粉々になったプラスチックによる海洋汚染は年に数千万トンの規模になっていて、それが海に漂っていると言われている。その多くが魚の体内にはいり、それを食する人間の中にも蓄積され、健康を害する原因にもなっている。

ナフサ不足はプラスチックに頼る仕方を見直して、新しい方法を考えるいい機会になるかもしれない。そんな声が大きくなることを願うばかりである。


2026年6月8日月曜日

ブラウザーの翻訳機能に驚き!

ネット上の翻訳機能の優秀さに気づいたのは5年前でした。訳したい文章を翻訳ソフトにコピペするだけで瞬時に翻訳してくれる。その優秀さに驚いて以降、頻繁に使うことになりました。AIによる翻訳機能の進化はすさまじくて、アメリカから友人が訪ねてきた時には、iPhoneの音声入力による翻訳機能がずいぶん役に立ちました。 YouTubeにも翻訳機能がありますから、字幕を見ていれば内容が分かるようにもなりました。翻訳機能はもちろん、メールでも使えます。届いた英文のメールが自動で日本語に翻訳されているのに驚いたのはつい最近のことですが、これもかなり役に立っています。

僕のホームページは開設して30年になりました。もちろん日本語だけですが、表紙だけは英語のページもつけています。同内容のブログを作ったのは5年前で、翻訳機能の充実と重なっていましたから、英語のページも同時に作りたいなと思いました。しかし、bloggerには日本語と英語のページを併記させる機能はありませんから、新たにもう一つ英語のブログを作る必要がありました。それで諦めていたのですが、それにしては海外からのアクセスが結構あるなと感じていました。

bloggerには統計情報を見る機能があって、どこの国からアクセスがあるかがわかります。もちろん日本が一番多いですが、たとえば、直近の一週間の数値は次のようになっています。日本97、アメリカ合衆国47、シンガポール22、フランス19、イギリス19、ベトナム17、スペイン17、ドイツ9、ブラジル8、その他85で、総数は340。ぼくはおそらく、海外にいる日本人や日本語の分かる人がアクセスしているのだろうと思いました。日本語をわざわざ翻訳ソフトにコピペして母語に訳して読む人などいないだろうと思ったからでした。

ところがつい最近、ブラウザーの右上にあるアプリケーション・メニューに「翻訳」があることに気づきました。試しにやってみるとbloggerはもちろん、ホームページでも瞬時に英語に翻訳してくれました。できは次のようになかなかです。
驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房の外にでかい糞を残していった熊だろうと思った。
Another surprise. When I was mowing the weeds, I found a mark on the fir tree growing on the face of the river. Since it is not recent, I thought it would be a bear that left a big piece of shit outside the workshop about two and a half years ago.
AIによる翻訳がここまで来ると、1冊の本を短時間に丸ごと訳すことも可能です。翻訳家にとっては仕事を奪われることになるのかもしれません。僕は何冊か翻訳しましたが、夜なべ仕事で日に数頁で数ヶ月といったなかなか大変な仕事でした。あるいは論文を書く時には、必ず英語の文献にあたり、大事な部分をノートにしてといった作業から始めました。原文を辞書引きながら読まなくてもいいし、わざわざ訳書を買う必要もないということになると、これからの論文を書くスタイルはずいぶん変わるのだろうと思います。

と言うよりは、レポートや論文を書く作業自体をAIに任せてしまうこともできるようになったと言われています。見事なレポートを書いた学生に、その内容についての質問をするとちんぷんかんぷんだった、という教員の声も耳にします。小説だってAIに書かせたものが賞を取るほどのできになったといったことも話題になっています。翻訳を瞬時にしてくれる便利さに感心していますが、これは人間の知性にとっての危機になるのではといった不安も感じてしまいました。


2026年6月1日月曜日

春の雑事、珍事等々

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forest218-2.jpg 湖畔で倒れた木がそのまま道端に放置されていて、ずっと気になっていた。楢の木だからもったいないと思って朝早くチェーンソーを持って取りに行った。根っこの部分を残してほぼ玉切りして、クルマに積んで3往復。斧で割って欅の上に積み上げたが、欅と違って素直に割れて、暑かったけどすぐに済んだ。固くて臭い欅はもうこりごり。改めてそんなふうに思った。

連休をはさんで、ホームセンターで野菜の苗を買った。トマト、ナス、ピーマン、シシトウ、インゲン、キュウリ、カボチャ、サツマイモなどだが、去年作った畑の他にもう一ヶ所増やして、新しいところにはジャガイモとカボチャ、それにサツマイモを植えた。今のところどれも順調に育っている。ジャガイモだけは芽が出たところを埋めたのだが、ちゃんと葉が出てきた。

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forest218-5.jpg 先週も書いたが強風でカラマツが折れて2mほどが残った。洗濯干しに使っていて、そのロープの部分は残っているので、これからも使えるが、腐っているからどのくらい持つかわからない。先日は大量の羽アリが中からわいて出た。倒れた10mほどの部分は玉切りにして、そのうち割って積もうと思っている。気温がかなり上がって薪割り仕事にはつらいが、枝を細かく切って積む仕事も残っている。それにしても倒木が母屋と工房の間で、どちらにも当たらなかったのは奇跡に近いと思った。

forest218-6.jpg 風だけでなく強い雨も何度か降った。クルマのドアを開けると水がぼとぼと落ちて、運転席側のピラーが濡れていた。雨漏りかと思ってディーラーに行くと、サンルーフが開いてませんかと言われ、その通りだった。それで引き上げたのだが数日後にまた雨が降って、やっぱり雨漏りがした。ネットで調べるとサンルーフには溜まった水を流すホースがついていて、それが詰まることがあるとあった。我が家は森の中にあって、落ち葉や花粉や実が落ちてクルマを汚している。時々掃除や洗車をしているのだがサンルーフの中までは気がつかなかった。ディーラーに行ってホースの詰まりをきれいにしてもらって流れるようになったのだが、とんだ騒ぎだった。

forest218-7.jpg 驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房にでかい糞を残していった熊だろうと思った。しかし、いつ出てきてもおかしくないから気をつけねばと改めて思った。そう言えば鹿には何度も出くわしていて、野菜の苗を食われないように、最初だけ網を掛けたりもしたのである。以前は猿の群れがよくやって来たのだが、最近はほとんど見かけない。おそらく駆除をしたのだろうと思う。けれども、鹿は間違いなく増えているし、熊情報だって時々ある。庭にいる時はよくまわりに注意してと戒めている。

2026年5月25日月曜日

仕方なくケーブルテレビにした

我が家は難視聴地域にあって、テレビの映りは極めて悪かった。それでも悪いなりにアナログの時代には東京局のすべてが見えたり見えなかったりした。風が吹いたり雨が降ったりすれば当然、ほとんど見えなくなる。我が家は難視聴地域というだけでなく、松や欅の大木に囲まれているのである。2011年にテレビがアナログからデジタルに変わったことによって、山梨県ではNHK2局と民放2局の4つのチャンネルだけになった。ケーブルテレビに加入すれば、東京局のすべてが見られるのだが、テレビを見る時間はそれほど多くなかったし、そもそもバラエティばっかりの民放などはほとんど見る気にならなかった。

forest101.jpg しかし、地デジを見るためには新しくアンテナを付け替えなければならない。腹が立つから役場から始まって総務省まで引っ張り回されて電話で文句を言って、やっと半年間だけBS経由での視聴が許可された。ただし見えたのはやっぱり4局だけで、その半年が過ぎると何の知らせもなしに、映らなくなった。仕方がないからアマゾンで見つけた高感度の大きなアンテナを買って、自分で2階の屋根につけることにした。意地でもケーブルと契約などするかという気持ちだったのである。それで映るようになったのは、間にブースターを二つかませてからだったが、日によって映りが良かったり悪かったりするのはアナログ時代と変わらなかった。

journal3-242.jpg 映りが悪いのはBSも一緒で、夏は茂った木の葉が邪魔をしたし、冬は雪が降るとアンテナを凍りつかせた。インターネットを光にして、BSも見えるようになったが、地デジは強い風が吹くと枝がアンテナに当たって見えにくくなった。その度に屋根に上って位置を調整して見えるようにしたのだが、最近は歳とって屋根には上らないことにしていた。テレビを見る時間はそんなに多くないので、まあいいかと思っていたのだが、先日の強風でアンテナが大きく動いて、ほとんど見えなくなってしまった。何しろ枯れはじめたカラマツが2メートルの高さからぼっきり折れてしまうほどの風だったのである。

こうなると見えるようにする手段はケーブルテレビしかない。というわけで、ここに住んで四半世紀を過ぎたところでケーブルテレビに加入することにした。我が家は道路から引っ込んでいるからケーブルはNTTが埋設した導管を使うことにした。ところがどうしても途中でつかえて進まない。諦めて空中で繋ぐことにしたが、間には大小何本も木があって枝が重なり合っている。風が吹いたら切れてしまう危険性もあるが、一応繋いで、無事見ることができるようになった。

ケーブルテレビは東京局のすべてが見えるし、神奈川のUHFやケーブル独自のチャンネルもある。いっぺんにチャンネルが3倍にも増えたのだが、さて、テレビを見る時間は増えるのだろうか。いずれにしてもきれいに見えるようになったのだからNHKの受信料は払うことにしようと思っている。

2026年5月18日月曜日

ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)

ノーム・チョムスキーは著名な言語学者だが、アメリカに対して強烈な批判をする論者であることも知られている。1928年生まれだから、もうすぐ100歳になる年齢である。トランプ大統領の最近の愚行に対する彼の批判はさすがに聞かないが、ロシアのウクライナ侵略については、その直後に「戦争犯罪」だと批判をしている。

chomsky.jpg そのチョムスキーの本をアメリカがイラクを侵略した直後に読んで、紹介したことがある。『すばらしきアメリカ帝国』(集英社)で印象に残ったのは、アメリカのイラク侵略を「国際法に根拠のかけらさえもない予防戦争」だと言い、次のような批判を書いていたことである。
つまり、軍事力によって世界を支配しようとするアメリカに挑戦しようとするものがあらわれた場合__それがさし迫っていなくても、あるいは捏造や空想であっても__それが脅威に発展する前に消滅させる権利がアメリカにはあるというのです。
それに気づいて、同年の2008年に出版されて積読だった『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』を読み直してみようと思った。トランプのイラン襲撃はブッシュのイラク侵略と酷似していて、もっと横暴だと思ったからである。

chomsky1.jpg この本は「無法国家のやりたい放題!」「『違法だが正当』というごまかし」「海外における民主化促進」「中東が証明するもの」「アメリカ国内における民主化促進」といったタイトルの章で構成されている。無法国家とはもちろんアメリカのことだが、それはアメリカの国内法はもちろん、国際法や国連の手続きも誤魔化したり無視することを指している。そして法を無視することが正当であることを主張する傲慢さが常套句であることが指摘されている。

たとえばユーゴスラビアが崩壊して内戦が深刻化した時に、当時のクリントン米大統領は、セルビアによるアルバニア人の虐殺を防ぐことを理由にサラエボの空爆を実行した。「違法だが正当」を主張したものだったが、実際には虐殺はむしろ空爆後に増加したのである。あるいは「海外における民主化促進」には、そのような理由とは正反対に、ナショナリズムに基づく民主化を実現させようとした国の政権を倒すことを実行している。チリのアジェンデ政権の転覆と軍政の支持や、パナマ侵攻によるノリエガ体制の崩壊である。同様のことはハイチやニカラグア、グアテマラなどの中米諸国に及んでいるのである。またその時の理由に麻薬の密輸があったことは、トランプによるベネズエラ侵攻と大統領逮捕に酷似している。ベネズエラの石油を抑えることで次に狙っているのはキューバである。

イランのホメイニ体制は1978年の革命で成立した。親米派の王政を倒したのだが、その王政は、石油の国有化を実現させたモサッデク首相をクーデターによって失脚させた後に生まれたものだった。そのクーデターを支えたのはアメリカやイギリスで、最大の理由は石油利権である。「中東が証明するもの」はそんな石油利権とブッシュによるイラク侵攻、イスラエルとパレスチナ、そしてアラブ諸国との関係に触れている。イスラエルがアメリカの後押しによってガザ地区をがれきの山にして膨大な犠牲者を出すまでにはまた、多くの横暴で悲惨な歴史があったのである。

民主主義をリードすると思われていたアメリカは、今トランプによってその崩壊の危機にある。しかし新自由主義的な政策による富の格差や、政権よりのメディアの姿勢は20年前から指摘されたことだった。オバマが大統領になって少しはましになったと思われたが、その反動がトランプを誕生させた。アメリカが破綻し世界が壊れていく。この本を読むとそんな危機がいっそう強く感じられる。