・シベルブシュには西欧の近代化をテーマにした三部作がある。取り上げているのは鉄道と明かり、そしてコーヒーやタバコの嗜好品だ。出版されたのは1970年代後半から80年代にかけてで、それほど時間が経たずに翻訳されている。それぞれのタイトルは『鉄道旅行の歴史』『闇を開く光』『楽園・味覚・理性』でいずれも法政大学出版局から出された。僕はこの本を勤めていた大学の同僚に教えてもらったから、読んだのは90年代になってからだったと思う。「鉄道」から読みはじめたら面白くて、三冊を短期間に一気に読んだことを記憶している。だから、もう一度読みたいものはと本棚を探してすぐに目についたのが『鉄道旅行の歴史』だった。なお、表紙は現在のものと違っていて、新装版として2011年に出されたものである。間にもう一冊新装版があったようで、学術書なのにロングセラーであることを改めて確認した。
・鉄道の発達は蒸気機関の発明から始まる。それが馬車に取って変わる機関車になり、荷物の運搬から人の移動手段として発達するようになる。そうなった時に人々が驚いたのはその早さだった。馬車に比べて三倍ほどの速度だったが、それは空間や距離、そして時間の抹殺として実感された。その早さは乗客の感覚をも狂わせる。窓から見える景色が流れるように変わっていったからである。この本の面白さは、当時の人々の声を丹念に拾っているところにあるが、やがて鉄道網が全国的に普及するようになると、その移動の仕方は当たり前のものになる。・鉄道旅行は目的地までの時間を短縮して、そこまでの空間を窓越しに見る舞台装置に変えた。それは奥行きのないパノラマの風景であり、それを見ることが魅力にもなったが、やがてそれに対する関心は薄れ、読書という新しい時間つぶしが始まることになる。同様の変化は馬車に同席した人たちの間では当たり前だった談笑が消え、やがて沈黙しあう場に変わったところにも見られた。鉄道による移動が日常的なものになり、都市が拡大して見ず知らずの人たちが同乗し、同席するのが普通になって、関わりを持たないことを了解しあう「儀礼的無関心」がマナーになったのである。 ・乗合馬車、鉄道、市電は、19世紀に作りだされるが、それ以前には人たちは、互いに話しあうことなしに、数分間ないしは数時間、互いに鼻つき合わせて見つめ合うことができる、あるいは見つめ合わねばならぬような状況にはなかった。(G.ジンメル)・もちろん鉄道旅行には民主主義の普及を促進するという役割もあった。一等や二等といった座席の違いはあれ、目的地には同じ時間で到達できたのだし、窓から見える風景にもそれほどの違いはなかったのである。安価に早く移動できれば多少のお金や余暇を持った人たちには、景勝地や繁華街に出かけて観光や娯楽を楽しむ余地が生まれた。 ・米国の鉄道はヨーロッパと違って未開の地を開拓して、新しい町を作り、農業や工業を発展させるという役割を果たした。その客車が小さな個室に分かれたものでなく、車輌にイスが並ぶ大部屋式で発展したことに、著者はアメリカ的な特徴を見つけ出している。同乗者を気にするのもしないのも自由だし、車内を移動して別の席に移動し、興味を持った人と話をすることもできる。そこに、移民達が作り上げたアメリカという国と新しく生まれた気質を見出すことができるというのである。 ・20世紀になるとアメリカから始まった自動車による移動が世界を席巻するようになった。そして後半になると飛行機によるもっと遠距離を短時間で跳ぶ移動手段が普及した。それは人間関係の仕方にどんな変化をもたらしたのか。そんなことを改めて考えてみたくなる一冊だったが、そう言えばと、カー・コミュニケーションにつて書いたことがあったのを思いだした。 |
2026年6月29日月曜日
ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』 (法政大学出版局)
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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。