2026年8月10日月曜日

ジェニファー・ラウシュ『スロー・メディア』(世界思想社)

slow1.jpg 翻訳者の伊藤明己さんからこの本をいただいた時の反応は「スロー・メディア」って何だ?というものだった。「ファースト・メディア」なら何となくわかる。スマホやタブレット、それにPCといったものと、それを使って利用するインターネットのことだろう。だとすると、「スロー」は新聞や雑誌、あるいは番組編成で規制されるテレビやラジオのことだろうか。そんなふうに思って読みはじめたのだが、それほど単純な話ではなかった。

内容は「ファースト・メディア」批判の書だと言える。あらゆる情報が洪水のように押し寄せるし、SNSでのやり取りやメールも瞬時のうちにできてしまう。だから一日中スマホやPCから目が離せない。そんな中毒症状に陥って、心身に不安を感じる人が増えている。で、一度スマホやPCを脇において、接触しない時間を作ったらどうだろうか。この本はそんな筆者自身の体験から始まっている。

「スロー・メディア」は「スロー・フード」を参考にしてつけられた名前である。「ファースト・フード」ではなく、時間をかけて作った食べ物を、ゆっくりと味わって食べる。そこにはもちろん、大量生産や遠隔地から輸送されるものではない、近隣で取れる無農薬の食材が大事という側面もある。だから当然、そんなことができるのは金持ちや閑人だけだという批判も起こってくる。そんな批判は「スロー・メディア」に対してはどうだろうか。

「ファースト・メディア」はペーパーレス時代を招くから、木の伐採による環境破壊を抑制することができる。そんなふうに言われたこともあったが、代わりにとんでもないほどの電力を使うようになった。スマホのメーカーは次々に新しい機能を装備し、スピードをアップさせて、買い替えた方がいいですよと宣伝する。だから廃棄される量もまた膨大なものになっている。レアアースなどの採掘やゴミ処理などがもたらす健康被害や環境の汚染は、紙媒体がもたらしたものとは比較にならないほどになっている。

とは言え、「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」を捨てて、その代わりに使うものではない。かつて産業革命時に起こった「ラッダイツ{機械打ち壊し}運動」とは違って、スマホやPCの使い方を工夫しましょうというものである。スマホはメーカーが宣伝するほどには買い替える必要のないものである。ニュースだってSNSだって、メールだって自分の心や身体と相談して使えば、いい道具になるはずである。あるいはよく調べ、考察された記事やエッセイを探して読めば、氾濫する情報にまどわされずに済むかもしれない。この本はそんな至極当然の対処の仕方を提案している。

要するに「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」に批判的に対処するための、一種の運動なのである。それは個人の心身を健康に、正常に保つためにするメディアへの接触の仕方であり、環境破壊や資源の浪費をこれ以上ひどいものにさせないための方策である。それはまた、1960年代に起こった既存のシステムに対する「対抗運動」の再現だとも言える。

僕はそういった発想には大いに興味を持ち賛同するが、現実を見た時にこれがどれほどの力を持つのかという心細い気にもなってくる。この本が書かれたのは2018年で、現在の「ファースト・メディア」の力は比較にならないほど強く、大きなものになっている。AIの進化は、僕たちに、もう考えなくていい、調べなくていい、トレーニングや勉強もしなくていいと言わんばかりなのだ。しかしだからこそ、「スロー」な発想に立ち返る必要があるんだよ、と訴え続けなければとも思った。

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unknownさんではなく、何か名前があるとうれしいです。