2026年9月28日月曜日

高市・トランプとメディアの対応

・高市首相が訪米してトランプ大統領と会見し、国連で演説したようだ。日本の新聞やテレビの報道は地味なものだったが、それでも大統領に会ったことや国連で話した内容には、それなりに意味があったといった論調があった。しかし、フリーのジャーナリストがYouTubeなどで伝える中身は真逆で、恐ろしくひどいものだったと言える。

takaiti1.jpg ・高市首相がニューヨークに専用機で到着した時にテレビはタラップで手を振る様子を映していた。一体誰に手を振っているのかと思ったが、実際には駐在員などの日本人が数名だったようだ。この光景は帰る時にも同じように映されていた。そんな寂しさは国連での演説でも同様で、その前に出たトランプの時とは比べるべくもないほどに閑散としていた。彼女は首相就任時に「世界の真ん中で輝く外交を」と宣言したが、実際には、世界の真ん中に行っても、その末席に控えただけだったのである。(画像は内閣広報室より)

・もちろん、トランプとは実際に30分ほど会談した。その様子もYouTubeではテレビ以上に詳しく見ることができた。冒頭で彼女は大きな内閣改造をやってきたところだと自慢気に話したが、トランプは何にも関心も示さなかった。逆に、彼女がトランプに向けた視線(色目?)に対してトランプが思わず目をそらしたシーンがあって、彼の気持ちがわかって面白かった。そもそも彼は高市を日本の首相として紹介し、彼女と言って一度も名前を言わなかったのだが、高市はロナルドと読んで話しかけていたのである。

・そんなやり取りがあって、本題の会談に入る前に高市の通訳は、彼女が言わなかった記者の退席を要求して、大統領や側近達の笑いを誘っていた。大統領は高市の前にイギリスの首相、後にウクライナの大統領と会談したのだが、その時にはどちらも、記者からの質問に答えていたが、高市の時には全くなかったのである。

・記者の質問を避けるやり方は、帰国前の最後の会見でも同様で、質問は日本はNHKと時事通信の記者が行ったが、高市は日本で行っているのと同様に、台本(プロンプター)に目をやりながら答えていた。つまり事前に質問を聞いていて、答えを用意していたのだが、それは外国の記者についても同様だった。ただし質問したのはUAEとインド系の小さな新聞社の記者で、アメリカのメディアからはほとんど無視されたのである。

・驚くのは、こんなやり方に対して、それを批判する日本のメディアがほとんどなかったことである。新聞やテレビをすべてチェックしたわけではないが、現地で取材をしてYouTubeで放映したフリーのジャーナリストは、そう話していた。それが国会や官邸での記者会見のお決まりのやり方だから、同行した日本の記者達は違和感を持たなかったのかもしれない。だとしたら、そのことに気づくいい機会でもあったはずだが、首相同様、外国に行っても日本流を踏襲したのである。

・そのことがいっそう目立ったのは、トランプ大統領が数日前に、彼に批判的なCNNなど数社のメディアのホワイトハウスへの立ち入りを禁止したことがあったからだった。この大統領の発言に対してトランプよりのメディアも含めて、一致団結して憲法違反だと連邦裁判所に提訴して、それが認められた所だったのである。

・なお高市は何より一番強く大統領に対し抗議すべきだった、ICC(国際刑事裁判所)に対する仕打ちについて、何を言ったのか話していない。国連演説でも間接的な批判で、トランプ自身への抗議ではなかった。大体面と向かってドナルドと呼んだり流し目をしたりした後で、強い抗議などはできるはずもないし、やる気もなかったのである。

・トランプの中国に対する姿勢は全く対照的だった。空港まで習首席を出迎え、会談後には第二次世界大戦では同盟国として日本と戦ったことを強調し,お互いの関係の重要さを確認し合った。日本はどんな扱いをしてもついてくる属国だが、かつては敵国でもあったことまで蒸し返して中国に迎合したのである。それでも何も言えない日本の現状には腹立ちよりも情けなさが強かった。

2026年9月21日月曜日

天皇制について改めて気づかされたこと

・皇室典範のとんでもない改悪にはうんざりした。宮家に養子をというのは麻生の魂胆ではとか、安部から始まって自民党の右派は平成も令和も天皇が嫌いなんだとか、いろいろな理由が飛び交った。世論は次の天皇として愛子親王を推すのが7割を超えているが、天皇は男系でなければダメだというアナクロニズムが大手を振っている。愛子親王が天皇になったら結婚相手がいなくなるなどという中曽根のとんでも発言もあって、天皇陛下はさぞ立腹されているだろうなと思った。しかし政治的な発言を制限されているから、皇室典範については国民の総意を基にしてほしいというのが精いっぱいのところだったが、それも無視された。

・日本国憲法の第一条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 」と定めている。以下8条までが天皇や皇室に関するものであって、次の9条が戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認と続くのである。だからこそ歴代の天皇は、何より憲法を大事にし、平和であること第一にすると発言されてきた。とりわけ平成天皇は太平洋戦争の激戦地をいくつも訪問され、戦没者の慰霊をされてきた。令和の今上天皇もその意思を継いで発言し行動されているのだが、高市政権はそんな天皇に真っ向から反対するかのようである。大体彼女は首相でありながら、自分が生まれる前のことについては、責任がないとまで言い放っているのである。

kokubu1.jpg ・国分功一郎の『天皇への敗北』(新潮新書)は憲法を巡る安部政権と平成天皇との関係について論じている。日本の戦後は憲法の制定から始まっている。それは民主主義と立憲主義、そして何より平和主義に基づくもので、天皇はそこに国民統合の象徴として位置づけられている。民主主義は時の政権を選挙によって選ぶという行為に代表されるが、その権力はあくまで憲法が定める所から逸脱してはいけないとする立憲主義の制約を受けている。

・この平和主義と立憲主義を批判して改憲をめざそうとしたのが安部政権だが、平成天皇はこの憲法に基づいて平和を貫くことが大事だと発言し、行動して、護憲を唱える勢力にとって大きな援護の力となった。国分はこのリベラル勢力の態度に対して「天皇への敗北」と言っている。つまりここには天皇制に対して批判的だった勢力も含まれていて、その主張を脇において天皇に頼ったことを批判しているのである。

・天皇は何より現行憲法によって規定された存在なのだから、憲法が危機に会えば、それを食い止める動きをするのは当然だろう。しかしこの本には著名な憲法学者のことばとして、「立憲主義が危機に瀕すると、天皇がグッと前にせり出してきてこれを守ろうとする構造が日本国憲法には内蔵されていることが分かった。これまでこういう構造が見えていなかった。」を紹介している。護憲と言えば9条だと思っていたが、その前の1条から8条が天皇についてであることを憲法学者自身が強く意識しなかったと言うのだから、「天皇への敗北」と言うよりは「天皇に負けた」というわけである。僕もなるほどそうだと、改めて気づかされた。

・だとすれば,今回の皇室典範の改悪は平成、令和と続く天皇の血筋を変え、さらには憲法も改悪してやろうという自民党右派勢力の魂胆ではと勘ぐりたくなった。それによって、大日本帝国憲法の復活をもくろんでいるのだとしたら、こんな連中はその前に、天皇に対する不敬罪に断じてしまえと思ってしまった。僕は必ずしも天皇制の存続を支持してるわけではないが、平成天皇時代の上皇の言動には、確かに、制約がある中での精いっぱいの政権批判だと感じたことが何度もあった。

2026年9月14日月曜日

カー・ステレオの変遷

carstereo1.jpg ・1993年にスバルのレガシーに乗ってから、現在のレイバックは5台目だ。30数年でクルマはずいぶん変わったが、カー・ステレオもその一つである。それは今回も同様で、乗り換える前のクルマでは聞くことができたCDもSDカードも使えなくなってしまった。音楽を聴くのはiPhoneをbluetoothでが簡単で、これは前のクルマでもできたのだが、今度のクルマについているカー・ステレオにはそれ以外の付属物はついていないのである。

・ スマホがキイにつかえるなど、まさに何でもスマホ対応だが、iPhoneに音楽を入れてないパートナーは困ってしまう。さてどうするか。長い間使ってきたiPodも、もう寿命がつきてしまっていたのでダメ。一つはSDカードリーダーをUSBで繋ぐ方法だが、今までのSDカードは64GBだから読み込んでくれなかった。32GBが上限だったのである。仕方なしに新しいカードに入れ替えたのだが、当然、入れる曲数は半減してしまった。しかしこれでiPhoneと合わせて二つの選択肢ができた。で、あらためて、これまでどうやってクルマで音楽を聴いてきたのか、振りかえりたくなった。

・ 最初のクルマにはCDの他にカセット・デッキがついていたと思う。カセット・テープはその前からウォークマンで使っていたから、買ったCDのほとんどを録音して持っていた。それを箱に入れてクルマに置き、歩きながら聞くためにバッグに入れて持ち歩いた。CDも何枚かケースに入れてクルマに置いたが、いずれにしても、1時間おきぐらいに、別のカセットやCDに変えなければならなかった。で、飽きるから、毎週のように、カセットもCDも別のものに入れ替える必要があった。今からすれば、えらい面倒なことをやっていたものだと思う。

・ 2台目のクルマにはカセットの代わりにMDが使えるようになった。それでカセットは不要になり、持っているCDを改めてMDに録音する必要があった。持ち運ぶ嵩(かさ)が小さくなって、その分たくさんの枚数をバッグやクルマに入れることができるようになった。とは言え、終わるたびに付け替える面倒は同じだった。

・ それがiPodの登場で、大量の曲を持ち歩くことができるようになった。ただしそれをカーステレオに接続できるようになったのは2台目ではなく、3台目からだったように思う。それもAuxのプラグをわざわざ追加させてのことだったと記憶している。ただし、3台目はカーステレオに複数のCDを入れることができるようになった。もうMDも用無しになって、iPod一つを持ち歩いてイヤフォンやカーステレオで聴くことになったが、これは大きな変化だった。

・最初に書いたように、 4台目になってCDの他にSDカードを差し込むことができるようになった。iPodをUSBで繋ぎ、またBluetoothでiPhoneを使うこともできるようになった。iPodがパソコンからアルバムを取りこめなくなったから、新しいものはCDかiPhoneでと、選択肢が増えて便利だった。それが新しいクルマではCDもSDカードも消えたのである。カードリーダーは場所を取るから、USBメモリーにしようかとまだまだこれでいいと決められないでいる。

2026年9月7日月曜日

ドジャースの試合が面白くない

・ドジャースは今年も西地区で首位にいて、プレイオフに出るのは間違いないだろう。相変わらず強いと言えば強いのだが、今年は面白くない試合が多い。その一番は残塁の多さだ。チャンスを作るのに点が入らない。そんなシーンを何度も見ている。原因は、何も策を講じずに選手に任せる監督だ。ランナーが出たら盗塁やバント、あるいはヒット&ランを試みて点を取ろうとする。相手チームがこうして点を取るシーンは何度も見るが、ロバーツ監督は何もしない。だから、ホームランでも出なければ点が入らないのである。スター選手ぞろいだからと言えばそれまでだが、打てない時にもそうだから、無策だと言わざるを得ない。

・逆に投手交代では忙しい。ピンチでもないのに回の途中で交代させるのは、左には左、右には右をと考えるからだが、良く失敗をする。投手の気持ちがわからないのではと思うことが少なくない。リリーフに出たらイニングの終わりまでしっかり投げたい。そんな気持ちが無視されるし、途中で代わった投手だって、できれば回の最初から投げたいと思うだろう。もちろん、ピンチに出て火消しのできる投手もいる。頼りになるが、誰もができるわけではない。とりわけ若い投手には酷である。

・ロバーツ監督は今年で11年目で、ワールドシリーズを3回制している。今年も勝てば4回目だが、一度も最優秀監督賞を手にしていない。今年も候補にすらなっていないようで、彼自身は大いに不満のようだ。しかし、大金を使ってこれだけ選手を集めれば、誰が監督になったって優勝できる。そんな評価なのかもしれないが、試合を仕切る監督の手腕も決して優れているとは言えない。もっとも、スター選手とうまくコミュニケーションを取ってチームを一つにまとめていることは評価すべきだと思う。

・とは言え、高額で獲得したスター選手があまり活躍しないのも毎年のことである。今年は特に外野手のタッカーの不振と、絶対的な守護神と期待されたディアスの乱調である。サイヤングを2度も取ったスネルは、故障で去年も今年も終盤戦以降にしか投げることができなかったし、三年目のグラスナウは一年目は終盤、二年目と今年は中盤に故障をしている。そして、この四人に払う報酬は総額で6億ドルを超えている。ちなみに大谷選手一人で7億ドル、山本選手は3億ドル超である。

・ドジャースには優れた若手選手がたくさんいる。しかし、外からスター選手を取ってくるから、なかなかメジャーに上がれない。上がっても成績が上がらなければすぐにマイナーに落とされてしまう。メジャーで経験を積ませてレギュラーにするという他のチームなら当たり前の発想が弱いのである。だから若い選手は結果を残そうとがんばって空回りをしてしまう。

・これは野手についてだが、投手は対照的に、スター選手の故障を充分に補ってきた。今年のローテーションを守っているのは山本一人だが、佐々木やロブレスキーもがんばった。他にも去年のメイや一昨年のストーンなどもいた。彼らはメジャーの最低年俸で働いたから80万ドルの収入である。今年外野手として例外的に頭角を現したパヘスももちろん、この額しかもらっていない。

・対照的なのは、村上選手が入ってプレイオフに出るほど強くなったホワイトソックスだ。このチームは、去年まで三年間続けて100敗以上していて、今年もほとんど評価されなかった。しかし、村上が点火剤になり、我慢して使って育てた若い選手が実力を発揮しはじめたのである。だから、20代の中頃の選手が中心で勢いがあって面白い。エラーやちょんぼもあるが、意外な活躍も少なくない。それに比べるとドジャースはおじさん集団のチームだから、活き活きしたところがない。特に今年は大谷選手の活躍が目立たないから、いっそう目立ってしまっている。果たしてプレイオフになったらおじさん達も目を覚ますのだろうか。