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・ドジャースは今年も西地区で首位にいて、プレイオフに出るのは間違いないだろう。相変わらず強いと言えば強いのだが、今年は面白くない試合が多い。その一番は残塁の多さだ。チャンスを作るのに点が入らない。そんなシーンを何度も見ている。原因は、何も策を講じずに選手に任せる監督だ。ランナーが出たら盗塁やバント、あるいはヒット&ランを試みて点を取ろうとする。相手チームがこうして点を取るシーンは何度も見るが、ロバーツ監督は何もしない。だから、ホームランでも出なければ点が入らないのである。スター選手ぞろいだからと言えばそれまでだが、打てない時にもそうだから、無策だと言わざるを得ない。 ・逆に投手交代では忙しい。ピンチでもないのに回の途中で交代させるのは、左には左、右には右をと考えるからだが、良く失敗をする。投手の気持ちがわからないのではと思うことが少なくない。リリーフに出たらイニングの終わりまでしっかり投げたい。そんな気持ちが無視されるし、途中で代わった投手だって、できれば回の最初から投げたいと思うだろう。もちろん、ピンチに出て火消しのできる投手もいる。頼りになるが、誰もができるわけではない。とりわけ若い投手には酷である。 ・ロバーツ監督は今年で11年目で、ワールドシリーズを3回制している。今年も勝てば4回目だが、一度も最優秀監督賞を手にしていない。今年も候補にすらなっていないようで、彼自身は大いに不満のようだ。しかし、大金を使ってこれだけ選手を集めれば、誰が監督になったって優勝できる。そんな評価なのかもしれないが、試合を仕切る監督の手腕も決して優れているとは言えない。もっとも、スター選手とうまくコミュニケーションを取ってチームを一つにまとめていることは評価すべきだと思う。 ・とは言え、高額で獲得したスター選手があまり活躍しないのも毎年のことである。今年は特に外野手のタッカーの不振と、絶対的な守護神と期待されたディアスの乱調である。サイヤングを2度も取ったスネルは、故障で去年も今年も終盤戦以降にしか投げることができなかったし、三年目のグラスナウは一年目は終盤、二年目と今年は中盤に故障をしている。そして、この四人に払う報酬は総額で6億ドルを超えている。ちなみに大谷選手一人で7億ドル、山本選手は3億ドル超である。 ・ドジャースには優れた若手選手がたくさんいる。しかし、外からスター選手を取ってくるから、なかなかメジャーに上がれない。上がっても成績が上がらなければすぐにマイナーに落とされてしまう。メジャーで経験を積ませてレギュラーにするという他のチームなら当たり前の発想が弱いのである。だから若い選手は結果を残そうとがんばって空回りをしてしまう。 ・これは野手についてだが、投手は対照的に、スター選手の故障を充分に補ってきた。今年のローテーションを守っているのは山本一人だが、佐々木やロブレスキーもがんばった。他にも去年のメイや一昨年のストーンなどもいた。彼らはメジャーの最低年俸で働いたから80万ドルの収入である。今年外野手として例外的に頭角を現したパヘスももちろん、この額しかもらっていない。 ・対照的なのは、村上選手が入ってプレイオフに出るほど強くなったホワイトソックスだ。このチームは、去年まで三年間続けて100敗以上していて、今年もほとんど評価されなかった。しかし、村上が点火剤になり、我慢して使って育てた若い選手が実力を発揮しはじめたのである。だから、20代の中頃の選手が中心で勢いがあって面白い。エラーやちょんぼもあるが、意外な活躍も少なくない。それに比べるとドジャースはおじさん集団のチームだから、活き活きしたところがない。特に今年は大谷選手の活躍が目立たないから、いっそう目立ってしまっている。果たしてプレイオフになったらおじさん達も目を覚ますのだろうか。 |
2026年9月7日月曜日
ドジャースの試合が面白くない
目次 2026
9月
8月
31日さよならアウトバック!
24日どこにも行かない夏
17日広告に腹が立つ
10日ジェニファー・ラウシュ『スロー・メディア』(世界思想社)
7月
27日傍若無人のとんでも国会
20日少年野球とMLB
6月
29日
ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』(法政大学出版局)
15日ナフサ不足とプラゴミ
5月
18日ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)
11日今さらですがビートルズを
4月
27日キョウヨウが大事です
3月
30日 ボブ・マーリーについて
23日 世界が壊れはじめている
2月
16日 Bob Dylan "Shadow Kingdom" Patti Smith "Horses"
1月
26日 ケヤキと格闘中です
19日 久米宏とテレビの終わり
12日 黒川創・滝口夕美編『加藤典洋とは何者だったか?』SURE
1日 今年もよろしくです
2026年8月31日月曜日
さよならアウトバック!
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・10年近く乗ったアウトバックとさよならしました。仕事を辞めた後に乗り換えたのでまだ9万キロほどですが、サンルーフからの水漏れや、その他の故障が続いて諦めることにしました。何しろ2台目のランカスターは27万キロ、3台目のアウトバックは17万キロも走っていたのです。もっともその大半は東京までの往復200kmの通勤で、ほとんど高速道路でしたから、走行距離だけで比較はできないのかもしれません。 |
2026年8月24日月曜日
どこにも行かない夏
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・雨ばかりの梅雨が明けて30度超えの日が数日続いたが、天候は不順で、夕立のような雨がよく降った。おかげで、雨漏りのするクルマには毎日、空の様子を見てタープをかけねばならなかった。サンルーフに最初つけていたガムテープがみっともないというので、はがして透明のテープに張り替えた。これで雨漏りはしないと思うが、用心にとやっぱりタープを張り続けている。だから、孫の野球の応援に東京に行ってからは、どこにも遠出はしていない。
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2026年8月17日月曜日
広告に腹が立つ
・テレビをケーブルで見るようになって3ヶ月ほどになる。東京の民放がすべて見られるようになったのだが、面白いと思うような番組はほとんどない。というより、どこのチャンネルにあわせてもCMの洪水で、面白そうと思うほど見ていないのである。たまに何か番組を見ていても、CMになった瞬間に音無しにする。そんなことをしていたのだが、すぐに、ケーブルテレビのチャンネルに合わせることが習慣になった。河口湖のケーブルテレビは一日中、富士山の周囲に設置したカメラを流し続けている。山中湖や河口湖、西湖に精進湖、そして本栖湖の富士五湖はもちろん、朝霧高原や勘助坂から新東名、富士山の南斜面から駿河湾、御殿場、あるいは葉山から海の鳥居越しの富士山を巡回している。
・梅雨が長く、明けても天候不順の日が多かったから、雲ばかりで何も見えないことが多かったのだが、時には富士山や富士五湖がくっきり見える日もあって、それはなかなかの風景だった。それに出かける時によく通るいくつかの交差点や河口湖駅前などもあって、今日の人出は、交通量はなどとチェックすることもできるようになった。だから見たい番組がない時には、ケーブルテレビにずっと合わせておくことも少なくない。ちょうど景色が変わる一つの窓が増えた感じなのである。・少なくとも我が家では、増えた民放よりは、ケーブルのチャンネルにあわせていることが多い。面白そうな番組がなにもないし、あまりにCMが多すぎるのである。CMの間に中身がある。そんな印象を持つのだが、実際には番組全体の18%と設定されているようである。しかし見たくもないものに突然番組が妨げられるのだから、その時間は実際の何倍に感じてもおかしくないだろう。人々はこんなCMをよく我慢してテレビを見ているなーと今さらながらに感心してしまう。それとも何か無視する方法があるのだろうか。あるいはCMこそがおもしろいと思う人がいるのだろうか。 ・広告に妨げられて腹が立つのはYouTubeなどでも同じである。それがだんだんひどくなってきて、いやならお金を払って広告なしにしろという態度だから、ますます腹が立ってくる。すぐにスキップ・ボタンを押すことにしているが、それができない長いものや、連続するものもあって、邪魔なことこの上ないが、金など払うものかと思っている。 ・で、思うのだが、嫌われるだけの広告に何かプラスの効果があるのだろうかと疑問を感じている。ネットの広告は視聴者の情報に合わせて選択されていると聞くが、少なくとも僕にとっては興味を持つものなどほとんどない。「うるさいな」「邪魔だ」と思われるだけのためにお金を出して広告をして何かメリットがあるのか不思議に思う。そんな広告に限ってまた、何度もくり返しやってくるのである。 ・メディアに氾濫する広告には当然、広告費がかかっていて、それは製品などの価格に含まれている。要するに僕たちは、迷惑な広告の費用を、製品を買うことで払っているのである。もっとも僕が見る限り、邪魔になる広告の製品など、一度も買ったことはない。 |
2026年8月10日月曜日
ジェニファー・ラウシュ『スロー・メディア』(世界思想社)
・翻訳者の伊藤明己さんからこの本をいただいた時の反応は「スロー・メディア」って何だ?というものだった。「ファースト・メディア」なら何となくわかる。スマホやタブレット、それにPCといったものと、それを使って利用するインターネットのことだろう。だとすると、「スロー」は新聞や雑誌、あるいは番組編成で規制されるテレビやラジオのことだろうか。そんなふうに思って読みはじめたのだが、それほど単純な話ではなかった。・内容は「ファースト・メディア」批判の書だと言える。あらゆる情報が洪水のように押し寄せるし、SNSでのやり取りやメールも瞬時のうちにできてしまう。だから一日中スマホやPCから目が離せない。そんな中毒症状に陥って、心身に不安を感じる人が増えている。で、一度スマホやPCを脇において、接触しない時間を作ったらどうだろうか。この本はそんな筆者自身の体験から始まっている。 ・「スロー・メディア」は「スロー・フード」を参考にしてつけられた名前である。「ファースト・フード」ではなく、時間をかけて作った食べ物を、ゆっくりと味わって食べる。そこにはもちろん、大量生産や遠隔地から輸送されるものではない、近隣で取れる無農薬の食材が大事という側面もある。だから当然、そんなことができるのは金持ちや閑人だけだという批判も起こってくる。そんな批判は「スロー・メディア」に対してはどうだろうか。 ・「ファースト・メディア」はペーパーレス時代を招くから、木の伐採による環境破壊を抑制することができる。そんなふうに言われたこともあったが、代わりにとんでもないほどの電力を使うようになった。スマホのメーカーは次々に新しい機能を装備し、スピードをアップさせて、買い替えた方がいいですよと宣伝する。だから廃棄される量もまた膨大なものになっている。レアアースなどの採掘やゴミ処理などがもたらす健康被害や環境の汚染は、紙媒体がもたらしたものとは比較にならないほどになっている。 ・とは言え、「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」を捨てて、その代わりに使うものではない。かつて産業革命時に起こった「ラッダイツ{機械打ち壊し}運動」とは違って、スマホやPCの使い方を工夫しましょうというものである。スマホはメーカーが宣伝するほどには買い替える必要のないものである。ニュースだってSNSだって、メールだって自分の心や身体と相談して使えば、いい道具になるはずである。あるいはよく調べ、考察された記事やエッセイを探して読めば、氾濫する情報にまどわされずに済むかもしれない。この本はそんな至極当然の対処の仕方を提案している。 ・要するに「スロー・メディア」は「ファースト・メディア」に批判的に対処するための、一種の運動なのである。それは個人の心身を健康に、正常に保つためにするメディアへの接触の仕方であり、環境破壊や資源の浪費をこれ以上ひどいものにさせないための方策である。それはまた、1960年代に起こった既存のシステムに対する「対抗運動」の再現だとも言える。 ・僕はそういった発想には大いに興味を持ち賛同するが、現実を見た時にこれがどれほどの力を持つのかという心細い気にもなってくる。この本が書かれたのは2018年で、現在の「ファースト・メディア」の力は比較にならないほど強く、大きなものになっている。AIの進化は、僕たちに、もう考えなくていい、調べなくていい、トレーニングや勉強もしなくていいと言わんばかりなのだ。しかしだからこそ、「スロー」な発想に立ち返る必要があるんだよ、と訴え続けなければとも思った。 |
2026年8月3日月曜日
アブドゥーラ・イブラヒムについて
・アブドゥーラ・イブラヒムは南アフリカのアパルトヘイトに反対して、ヨーロッパやアメリカに逃れて音楽活動をしていたが、彼が作曲した「マネンバーグ」という曲は「反アパルトヘイト運動」のテーマ曲となり、第二の南アフリカ国歌といわれるほどに、人びとに親しまれ、支持されている。
・イブラヒムは1962年に南アフリカからヨーロッパに移り住んでいる。その2年後に、後に大統領になるネルソン・マンデラが国家反逆罪によって終身刑を言い渡されている。当時の南アフリカ共和国は少数の白人層が大多数の黒人層を支配して、「アパルトヘイト」という名の人種隔離政策を実行していた。黒人達は住む場所や就く仕事、選挙権や教育の機会など様々な面にわたって厳しく制限されていた。マンデラは「反アパルトヘイト運動」のリーダーで、その後1990年に釈放されるまで、27年間投獄され続けた。
・イブラヒムが積極的に音楽活動の中に「反アパルトヘイト」の姿勢を見せたのは1970年代の中頃からである。「マネンバーグ」が初めてアルバムとして発表されたのは1974年で、ケープタウン郊外に作られた非白人達が強制的に移住させられた土地の名を冠したものだった。その後イブラヒムはアフリカをテーマにしたアルバムをいくつも作り、1985年にはマンデラという名の曲も作っている。「アパルトヘイト」に対する国内はもちろん、国際的な批判が強まる中で、マンデラは解放運動の象徴的な存在となっていった。ネルソン・マンデラは1990年に釈放された後、1994年に全人種参加選挙が行われて大統領になっている。
・イブラヒムはその後も積極的に音楽活動をしていくつものアルバムを発表したが、僕が気になって購入したのは「Senzo」と「Mukasi」という日本語のタイトルがついたものだった。そこに修められた曲は日本と直接関係するものではなかったが、そのピアノソロの曲に心が洗われ、落ち着くような印象を持った。それはほぼ即興で作られたもののようで、どこかキース・ジャレットにも通じる音楽だった。ジャズには疎いのだが、この二人は、僕にとって大事なピアニストで、また一人、馴染みのミュージシャンが亡くなってしまったことをとても残念に感じた。
2026年7月27日月曜日
傍若無人のとんでも国会
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・こんなひどい国会ははじめてだろう。高市首相は国論を二分するような案件を成立させると豪語したが、その法案はどれもひどいものだった。「個人情報保護法改正案」「皇室典範改正案」「国家情報局(国家情報会議)設置法案」「国旗損壊罪」そして「副首都構想法案」などである。どれもが充分な審議を必要とする法案だが、極めて少ない時間で強行採決された。衆議院では極めて少数になった野党にはなす術が無かったのだろうか。 ・「国旗損壊罪」とは一体何なのだろうか。ここには国旗は国民の誰もが尊重し敬愛すべきものという前提がある。しかし、国家の行いへの批判として、国旗を燃やしたり汚したりするするのは、一つの政治的な表現の一つだろう。そんな憲法に認められた表現の自由に違反する法案だとも言える。国旗の損壊を犯罪とするのは人々を不快にさせたことが根拠になるというのだが、不快に思うかどうかは極めて主観的だから、好き勝手に判断されてしまう恐れがある。僕はこの法案を知った時にすぐに刑法の「わいせつ罪」を思い出してしまった。 ・「皇室典範改正案」は醜悪としか言えないものだろう。ここには皇室の世継ぎが将来的に途絶える危険性があるので、女性皇族の身分を保持することと、旧皇族の男子を現皇族の養子として縁組みすることの二本の柱がある。そして養子縁組みした男子の息子が天皇になることを拒まないが、女性皇族が天皇になることは認めないとなっている。憲法では天皇という地位は国民の総意に基づくとあって、世論調査では女性天皇や女系天皇について7割もの賛意が示されている。それを国会の総意に置き換えて強行採決したから、この成立直後の世論調査では高市政権の支持率が激減して、不支持が上回った調査もあった。 ・「個人情報保護法改正案」には、それに対する過剰な反応を避けるという名目で保護を緩めるという特徴がある。たとえば医療のデータなどを利用するために、個人の了解を得なくてもいいといった点である。グローバルなデータ規制に合わせるといった視点もあって、国会ではもっと充分な時間をかけて検討する必要があったはずである。 ・「国家情報局(国家情報会議)設置法案」はスパイ防止が目的だと言われている。日本はスパイ天国だとも言われているが、この法案が目的とするのは外国のスパイではなく、政権に批判的な人々や集団に対する見張りの正当化にあるとも言われている。日本の主要な政治家がアメリカの情報局によって、その電話まで盗聴されていたといったこともあったのに、ろくに非難もしなかった政権が、今さら何をやろうとするのかと言いたくなった。 ・最後に「副首都構想法案」である。副首都は東京が天災などで機能不全に陥った時に、機能を代行する都市を決めておこうとするものである。しかし、副首都には名古屋や福岡などが手を上げているが、実際には維新の会が強行に主張する大阪のための法案だと言われている。高市政権が成立するために維新が持ち出した案件だからである。 ・ほとんど審議されずにこのような法案が可決されて法として成立した理由には、他にも高市首相個人の醜聞と、それに対する首相の態度にあった。総裁選の対立候補に対して誹謗中傷動画をネットで拡散させ、同じことを、衆議院選挙で野党の有力政治家にもやったという疑惑である。あるいは「サナエトークン」という仮想通貨を作り高騰させておいて、自分とは関係ないといって暴落させたという問題である。どちらも信じられないほどの暴挙で、実際にビデオやトークンの作成に関わった人が、文春などで、そのいきさつを暴露している。 ・今人々が本当に困っているのは円安による物価の高騰だし、世界情勢に対して日本はどういう立場に立って発言するかといったことだろう。しかしこの国会では、そんなことは議題にもならなかった。国会前を初めとして、デモを続ける人たちが徐々に増えているが、メディアがほとんど取り上げない。野党の腰抜けと合わせて、日本が取り返しのつかない道に進むことを止めるのは無理だな、と思ってしまった。 |
2026年7月20日月曜日
少年野球とMLB
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・今年のMLBのオールスター・ゲームはフィラデルフィアで開催されました。膝の怪我で大谷選手は出られませんでしたが、故障あけの村上選手がホームラン・ダービーに出場しました。試合は盛り上がりに欠けたものでしたが、途中のイベントはにぎやかでした。その中で、少年たちが自転車に乗って野球場をめざし、グランドに入ってきて、オールスターの選手達と一緒に練習をするというイベントがありました。少年野球をテーマにした映画の再現だったようです。どんな子どもでも、野球を始めた頃は、いつかメジャーの選手になってオールスターに選ばれたい。そんな希望を持つものだと言いたい企画でした。僕はこのシーンを見て、数日前に応援に行った少年野球のことを重ね合わせたくなりました。 ・僕の孫は小学校1年生の時に野球を始めました。父親、つまり僕の息子は中学・高校と野球部でしたから、男の子には野球をさせると考えていたのでしょう。僕はまだ小さいのに野球なんかできるのかと思いましたが、何度か試合を見に出かけました。チームは1年生から3年生までで、4年生になると上級生のチームに行くということでした。さあ、いつまで続くことやら、と思っていましたが、今年は5年生になって、チームの主力としてがんばっていました。 ・野球場は東京湾の夢の島にありました。ここには以前にも行ったことがありましたが、少し離れた、前とは違う野球場でした。家から出発して高速に乗れば、首都高速の新木場までは一本道のようでしたが、降りてからがわかりにくかったです。清掃工場の駐車場に止めたのでずいぶん歩かされて、クルマの移動もしなければなりませんでした。折から梅雨が明けたかのような好天で気温は30度超えの暑さです。普段涼しいところに住んでいる者にはかなりきつい観戦でしたが、チームは強敵を破り、孫も大活躍でした。
・思い出せば、最初に応援に行った時、孫は三振するたびにべそをかきました。チームメートに慰められるのを見て、泣き虫だなと呆れましたが、悔しくて泣くのは悪くないと弁護する人もいました。チームには当然、親達のサポートが必要です。ほぼ毎週末のように試合をやり、練習もするので、子どもたちの特徴は誰もがよくわかっているのでした。子どもたちも大変だけど、親はもっと大変だな。応援に行くたびにそんな感想を持ちました。・最初の頃の試合は、とても野球と言えるものではありませんでした。ストライクが入らないからフォアボールばかり、塁に出るとすぐに盗塁して(されて}、暴投やエラーがあって点になる。いつまで経ってもチェンジにならない感じでした。それが少しずつうまくなって、野球らしくなったのです。この点についても、親達の辛抱強さには感心しました。僕にはとてもできないと 思いました。思い出せば僕は子どもたちとこんなつき合い方はしませんでした。一緒に旅行に行くことは頻繁にやりましたが、グループ活動などは皆無だったのです。 ・孫はこの試合を最後に辞めるようでした。後は中学受験の準備のようです。この点でも、全く放りっぱなしだったぼくとはえらい違いです。野球の方は今年1年生になった次男坊が始めるようで、またしばらくは応援に出かけなければなりません。東京までのクルマの往復がいつまで続けられるか。孫が成長する分、自分はいろいろ不安に感じられる歳になったなと、つくづく思いました。 |
2026年7月13日月曜日
雨でクルマも野菜もひどい目に
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・夜、ぼちぼち寝ようかという時に大きな地震があった。山梨県東部富士五湖地方が震源で、河口湖は震度6弱だった。確かに大きな縦揺れで、パソコンが飛び上がるほどだったが、数秒でおさまった。家の中を点検しても特に変わったところはなかったから、電話やメールがいくつかあって、特に被害はないという返答をした。翌朝見てもたいしたことはなく、積んだ薪が一部崩れた程度だった。震源は富士五湖ではなく山梨県東部の丹沢山塊の下で、富士五湖からは30kmほど離れている。しかし東部富士五湖と表現するから、富士山が震源ではと思う人が多かったようだ。なぜそうするのか、僕は以前からおかしいと思っている。
・野菜を植えてしばらくは好天が続いたから、どれも順調に育っているように見えた。しかし、ある朝見に行くとジャガイモの葉や茎が頭からなくなっている。多分鹿に食われたのだろうと、ネットで調べると、ジャガイモの葉や茎は鹿の大好物だとあった。これ以上被害に遭わないようにとさっそくネットを張った。ネットの中にはカボチャとサツマイモもある。実りはじめたら今度はイノシシに荒らされるかもしれない。収穫時にはもっと強固な柵を作らなければならないだろう。
・野菜のご難は何と言っても雨ばかりの天気だった。上のように順調に育ちはじめたキュウリも一本だけで、後は小さいまま消えてしまったし、トマトも青いままで熟す気配がなかった。例外はサヤエンドウで、これはすでに何本も収穫している。しかし、ネギはすでに跡形もなく消えてしまったし、葉っぱが枯れたり、虫に食われたりしたものが多い。ナスも花が咲いたのに結実しないで枯れてしまった。カボチャは元気で花が咲いたが、雄花と雌花が同時に咲くことが少なくて、花粉をつけられないでいる。それでもやっと天気が良くなって、暑くなってきたから、これから挽回してくれることを願うばかりである。
・前回も書いたがクルマのサンルーフから入った雨の被害は、さらにひどくなった。運転席のピラーが濡れることはなくなったのでもう大丈夫と思っていたのだが、「ドアが開いている」という表示が消えなくなった。ディーラーに持っていくと、荷室のスペアタイヤが水で濡れていた。どうしてここに溜まるのかは整備士の人でもよくわからなかったようだが、ネットで調べるとやはりサンルーフが原因のようだった。水は座席の下にも溜まるようになったから、キャンプに使うタープで屋根を覆い、サンルーフのまわりをガムテープでふさいだ。雨ばかりの梅雨には本当に参ってしまった。クルマはまだ9万キロほどだが10年に近いから、乗り換えようか、という気になっている。
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2026年7月6日月曜日
テレビのスポーツ中継と広告
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・サッカーのワールドカップがアメリカとカナダ、それにメキシコで開かれている。日本は予選を勝ち抜いたが、ブラジルに負けて終わった。いいチームだったが、主力の三苫や遠藤、それに久保まで欠いたのでは、仕方がないと思った。もっとも、強いフランスやアルゼンチンなどのように、強力な点取り屋がいなければ勝ち抜けるのは難しいのだろう。勝つためにはサッカーにも大谷翔平が必要だな。そんなことを感じた。 ・そんな試合とは別に気になったことがあった。スタジアムのフィールドは広告板で囲まれている。コーラなどのおなじみの名前もあったが、聞いたことがないものが多かった。何より日本のメーカーが一つもないことに、ちょっと意外な感じがした。まだ日本が弱い頃は、広告板だけは日本のメーカーで埋め尽くされていたことがあったのでは、と思ったからだった。日本のチームは強くなったが、対照的に日本の経済力は弱くなった。そんなことがあからさまにされた気がした。
・もっとも、毎試合見ているドジャースの試合では、日本の広告ばかりが目立っている。試合の中継はNHKがやっているのだが、バックネットには大谷選手と契約しているメーカーの広告がよく載っている。「おーいお茶」を背景に大谷選手の打撃を見るのは、もうほとんど日常的な風景である。今年からこの球場は「ユニクロ・フィールド・アット・ドジャースタジアム」という名称になった。このパートナーシップは5年で1億2500万ドル(200億円)で看板は外野のフェンスやバックネット、それにスコアボードの上などに設置されている。 ・
またドジャースのブルペンには今年から毛筆で大きく「不動産を超えてゆけ」と書かれた広告がある。SAMTYという大阪の不動産会社で山本投手と契約しているようだ。バックネットの「おーいお茶」と合わせて、何とも奇妙な感じがする広告である。ちなみにネット裏の広告は1イニングで1000万円以上もするようだ。しかも、実際に球場でも見られるのではなく、TV中継のために合成して貼りつけられているのである。NHKはなぜ許しているのだろうか。考えればおかしな話である。これはドジャースが遠征する球場でも同様である。・ ドジャー・スタジアムは56000人収容だが、全試合がほぼ満員に近いようだ。しかも一番安い席でも70ドル以上する。いい席では2000ドルにもなるようだ。30万円以上だが、ワールドカップでは、そんな値段が当たり前のようだ。YouTubeには日本を応援するためにダラスやモンタレイに出かけた人のビデオがたくさん載っていた。その多くはリセールされたチケットを数千ドルで買った人が多かった。飛行機代と宿泊代、食事に移動の交通費などを考えると、一つ試合を見るだけでも100万円以上がかかっている。サッカー好きの若者がお金を貯め、場合によっては仕事を辞めて応援に来ている。いやいやご苦労さん。そんなふうに言いたくなった。 ・ いずれにしても、スポーツを見ていて、お金のことを意識することが多くなった。WBCはネットフリックスの独占で、見るためには1ヶ月の料金を払わなければならなかった。ワールドカップはテレビで見ることができたが、前回のカタールから、テレビ局の独占ではなくなった。今回もスポーツ中継をメインにする世界的なインターネットテレビのDAZNが全試合を中継する権利を得たが、独占ではなかった。さて次回はどうか。僕は有料なら多分見ないだろう。 ・サッカーはイギリスの労働者階級に支えられて盛んになった。しかし世界的な人気が高まると入場料の高騰で、金持ちしか見られないスポーツになった。ワールドカップは世界中の人が楽しんできたイベントだが、チケットの値段を聞くと、やっぱり金持ちしか楽しめなくなっていると言っていいだろう。広告が氾濫するイベントなのに、テレビやネットで見るにもお金を払えというのは強欲さ以外の何ものでもないだろう。やな感じという気持ちがいつもつきまとっている。 |
2026年6月29日月曜日
ヴォルフガング・シベルブシュ『鉄道旅行の歴史』 (法政大学出版局)
・シベルブシュには西欧の近代化をテーマにした三部作がある。取り上げているのは鉄道と明かり、そしてコーヒーやタバコの嗜好品だ。出版されたのは1970年代後半から80年代にかけてで、それほど時間が経たずに翻訳されている。それぞれのタイトルは『鉄道旅行の歴史』『闇を開く光』『楽園・味覚・理性』でいずれも法政大学出版局から出された。僕はこの本を勤めていた大学の同僚に教えてもらったから、読んだのは90年代になってからだったと思う。「鉄道」から読みはじめたら面白くて、三冊を短期間に一気に読んだことを記憶している。だから、もう一度読みたいものはと本棚を探してすぐに目についたのが『鉄道旅行の歴史』だった。なお、表紙は現在のものと違っていて、新装版として2011年に出されたものである。間にもう一冊新装版があったようで、学術書なのにロングセラーであることを改めて確認した。
・鉄道の発達は蒸気機関の発明から始まる。それが馬車に取って変わる機関車になり、荷物の運搬から人の移動手段として発達するようになる。そうなった時に人々が驚いたのはその早さだった。馬車に比べて三倍ほどの速度だったが、それは空間や距離、そして時間の抹殺として実感された。その早さは乗客の感覚をも狂わせる。窓から見える景色が流れるように変わっていったからである。この本の面白さは、当時の人々の声を丹念に拾っているところにあるが、やがて鉄道網が全国的に普及するようになると、その移動の仕方は当たり前のものになる。・鉄道旅行は目的地までの時間を短縮して、そこまでの空間を窓越しに見る舞台装置に変えた。それは奥行きのないパノラマの風景であり、それを見ることが魅力にもなったが、やがてそれに対する関心は薄れ、読書という新しい時間つぶしが始まることになる。同様の変化は馬車に同席した人たちの間では当たり前だった談笑が消え、やがて沈黙しあう場に変わったところにも見られた。鉄道による移動が日常的なものになり、都市が拡大して見ず知らずの人たちが同乗し、同席するのが普通になって、関わりを持たないことを了解しあう「儀礼的無関心」がマナーになったのである。 ・乗合馬車、鉄道、市電は、19世紀に作りだされるが、それ以前には人たちは、互いに話しあうことなしに、数分間ないしは数時間、互いに鼻つき合わせて見つめ合うことができる、あるいは見つめ合わねばならぬような状況にはなかった。(G.ジンメル)・もちろん鉄道旅行には民主主義の普及を促進するという役割もあった。一等や二等といった座席の違いはあれ、目的地には同じ時間で到達できたのだし、窓から見える風景にもそれほどの違いはなかったのである。安価に早く移動できれば多少のお金や余暇を持った人たちには、景勝地や繁華街に出かけて観光や娯楽を楽しむ余地が生まれた。 ・米国の鉄道はヨーロッパと違って未開の地を開拓して、新しい町を作り、農業や工業を発展させるという役割を果たした。その客車が小さな個室に分かれたものでなく、車輌にイスが並ぶ大部屋式で発展したことに、著者はアメリカ的な特徴を見つけ出している。同乗者を気にするのもしないのも自由だし、車内を移動して別の席に移動し、興味を持った人と話をすることもできる。そこに、移民達が作り上げたアメリカという国と新しく生まれた気質を見出すことができるというのである。 ・20世紀になるとアメリカから始まった自動車による移動が世界を席巻するようになった。そして後半になると飛行機によるもっと遠距離を短時間で跳ぶ移動手段が普及した。それは人間関係の仕方にどんな変化をもたらしたのか。そんなことを改めて考えてみたくなる一冊だったが、そう言えばと、カー・コミュニケーションにつて書いたことがあったのを思いだした。 |
2026年6月22日月曜日
次はやっぱりローリングストーンズ
・前回ビートルズを取り上げて、次は誰かと思案していたら、ローリングストーンズが新しいアルバムを出すというニュースが飛び込んできた。それなら次はやっぱりローリングストーズだなと思ったのだが、発売は7月になるという。それでは間に合わないからと、手にする前に取り上げることにした。アルバムのタイトルは"Foreign
Tongues"で「外国語」という意味だが、辞書には神がかり的な状態で話すことばである「異言」という意味もあるという。こちらの方がこのグループらしいがどうだろうか。・ローリングストーズは1962年にデビューしているから、今年で結成64年ということになる。5人のメンバーのうち3人はすでに死んでいて残っているのはミック・ジャガーとキース・リチャードの二人だけである。当然二人とも80歳を超えていて、もう一人のロン・ウッドも79歳だから、超高齢のロックバンドということになる。ジャケットの顔はその3人の顔を合成したものなのだろうか。 ・僕がローリング・ストーンズをよく聴いたのはビートルズ同様60年代の後半から70年代にかけての頃で、持っているアルバムは『サタニック・マジェスティーズ』(1967)、『レット・イット・ブリード』(1969)、『スティッキー・フィンガーズ』(1971)、『山羊の頭のスープ』 (1973)、そして『ストリップド』 (1995)の5枚だけである。解散したビートルズと違ってずっとアルバムを作り続けて来て、その都度話題にもなったはずなのに、なぜ興味を持たなかったのだろうか。自分でも改めて不思議な感じがした。 ・たった一回だけのビートルズと違って、ローリングストーンズは何回も日本に来て公演をしている。ただし1990年以降で、ほとんどは野球のドームである。最初は1973年に予定されたが、外務省が過去の大麻所持を理由に入国を認めなかったために、直前でキャンセルされている。この頃大麻ぐらいは来日する多くのミュージシャンがやっていたはずで、ローリングストーンズはスケープゴートにされたのではと疑ったことを覚えている。そう言えば来日に合わせて出されたアルバム名も「山羊(ゴート)」だった。ちょうどよく聴いていた時期だったから行きたいと思っただろうが、武道館だけで、わざわざ京都から行くほどではなかったのかもしれない。 ・前回、ジョン・レノンとボブ・ディランの関係に触れたが、ディランとはロン・ウッドとキス・リチャードが親密で、1985年に開かれた「USAフォー・アフリカ」などいくつかの舞台で共演しているし、レコーディングの製作にも参加している。対照的にミック・ジャガーとの関係はあまり語られていないが、どうだったんだろうか。そもそも名前の「ローリングストーンズ」はディランの「ライク・ア・ローリングストーン」との関係を予測させるが、1965年の発表だから、影響を受けたのはディランの方だったのかもしれない。Googleで調べると、名前の由来はマディ・ウォーターズの「Rollin' Stone」だとあった。 ・ともあれ、60年以上も解散せずに、アルバムを出し続けているということ。爺さんになっても相変わらずの悪童ぶりのパフォーマンスには敬意を表したいと思った。 |
2026年6月15日月曜日
ナフサ不足とプラゴミ
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・ナフサ不足でそれを原料とするプラスチックやポリエステル、合成ゴム、そして塗料や合成洗剤などの加工品が充分に供給できていないと言われている。僕もペンキの薄め液をホームセンターに買いに行ったところ、残りわずかで一人一瓶となっていた。菓子の袋が単色になったのも目につくが、配管や医療機器にも欠かせない素材のようだ。今回のことで、今さらながらに石油に依存した社会であることを実感した。 ・ナフサは原油を精製する過程で取れるもので、粗製ガソリンとも言われている。つまりガソリンはナフサをさらに精製し直すものだから、基本的には二つは同じものだと言える。原油の精製はその後、灯油、軽油、重油、そして残りかすのアスファルトに分解されていく。 ・とわかって、頭をかしげてしまった。今ホルムズ海峡の封鎖によって原油が届かず、ナフサ不足に陥っていると言われるが、ガソリン不足という声は聞こえてこない。政府は不要不急の運転は控えましょうなどとは言わないし、逆に価格を下げる補助金を出し続けている。4月は一ヶ月で3100億円の支出だったようだし、補正予算のかなりの部分がこれに充てられるようだ。ガソリンは補助金をなくせば容易に需要が減ると予測できるから、ナフサが不足しているのならガソリンを減らせばいいだけなのである。政府はそれでは経済が沈滞してしまうと考えているのだろうが、ナフサ不足ですでに停滞しはじめているのである。 ・けれども、これまで通りにナフサが供給されればそれでいいかというと、そうも思わない気になってくる。我が家では週に一回スーパーマーケットで買い物をしている。肉や魚などはもちろん野菜などにプラスチック容器が使われているし、飲み物にはペットボトル、そしてポリエチレンなどで作られる包み袋やラップがかなりの量になっている。週一回の買い物で済むのはそのおかげで、便利はしているのだが、何かおかしいという気持ちもずいぶん前から感じていて、何とかならないものかと思ってきた。 ・子どもの頃にした買い物では、肉は経木に包んでくれたし、豆腐には鍋を持参した。刺し身も経木の船だったように記憶しているし、野菜などを包むには新聞紙が使われていた。プラスチックやラップが普及すると、経木は消え新聞紙も使われなくなったが、ナフサ由来ではない原料で工夫した新しい容器をつくる良いきっかけになるのではないかと思う。 ・もちろん、プラスチックの再利用も重要だろう。しかし、捨てられたり、燃やされたりするものがまだまだ多いようだ。ちなみにAIに尋ねると、燃やして熱エネルギーにするのがほとんどで、プラスチックとして再加工するのは2割程度のようだ。環境に捨てられたプラスチックは地中に混じり、川に流れて海に届く。その徐々に粉々になったプラスチックによる海洋汚染は年に数千万トンの規模になっていて、それが海に漂っていると言われている。その多くが魚の体内にはいり、それを食する人間の中にも蓄積され、健康を害する原因にもなっている。 ・ナフサ不足はプラスチックに頼る仕方を見直して、新しい方法を考えるいい機会になるかもしれない。そんな声が大きくなることを願うばかりである。 |
2026年6月8日月曜日
ブラウザーの翻訳機能に驚き!
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・ネット上の翻訳機能の優秀さに気づいたのは5年前でした。訳したい文章を翻訳ソフトにコピペするだけで瞬時に翻訳してくれる。その優秀さに驚いて以降、頻繁に使うことになりました。AIによる翻訳機能の進化はすさまじくて、アメリカから友人が訪ねてきた時には、iPhoneの音声入力による翻訳機能がずいぶん役に立ちました。
YouTubeにも翻訳機能がありますから、字幕を見ていれば内容が分かるようにもなりました。翻訳機能はもちろん、メールでも使えます。届いた英文のメールが自動で日本語に翻訳されているのに驚いたのはつい最近のことですが、これもかなり役に立っています。 ・僕のホームページは開設して30年になりました。もちろん日本語だけですが、表紙だけは英語のページもつけています。同内容のブログを作ったのは5年前で、翻訳機能の充実と重なっていましたから、英語のページも同時に作りたいなと思いました。しかし、bloggerには日本語と英語のページを併記させる機能はありませんから、新たにもう一つ英語のブログを作る必要がありました。それで諦めていたのですが、それにしては海外からのアクセスが結構あるなと感じていました。 ・bloggerには統計情報を見る機能があって、どこの国からアクセスがあるかがわかります。もちろん日本が一番多いですが、たとえば、直近の一週間の数値は次のようになっています。日本97、アメリカ合衆国47、シンガポール22、フランス19、イギリス19、ベトナム17、スペイン17、ドイツ9、ブラジル8、その他85で、総数は340。ぼくはおそらく、海外にいる日本人や日本語の分かる人がアクセスしているのだろうと思いました。日本語をわざわざ翻訳ソフトにコピペして母語に訳して読む人などいないだろうと思ったからでした。 ・ところがつい最近、ブラウザーの右上にあるアプリケーション・メニューに「翻訳」があることに気づきました。試しにやってみるとbloggerはもちろん、ホームページでも瞬時に英語に翻訳してくれました。できは次のようになかなかです。 驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房の外にでかい糞を残していった熊だろうと思った。・AIによる翻訳がここまで来ると、1冊の本を短時間に丸ごと訳すことも可能です。翻訳家にとっては仕事を奪われることになるのかもしれません。僕は何冊か翻訳しましたが、夜なべ仕事で日に数頁で数ヶ月といったなかなか大変な仕事でした。あるいは論文を書く時には、必ず英語の文献にあたり、大事な部分をノートにしてといった作業から始めました。原文を辞書引きながら読まなくてもいいし、わざわざ訳書を買う必要もないということになると、これからの論文を書くスタイルはずいぶん変わるのだろうと思います。 ・と言うよりは、レポートや論文を書く作業自体をAIに任せてしまうこともできるようになったと言われています。見事なレポートを書いた学生に、その内容についての質問をするとちんぷんかんぷんだった、という教員の声も耳にします。小説だってAIに書かせたものが賞を取るほどのできになったといったことも話題になっています。翻訳を瞬時にしてくれる便利さに感心していますが、これは人間の知性にとっての危機になるのではといった不安も感じてしまいました。 |
2026年6月1日月曜日
春の雑事、珍事等々
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・湖畔で倒れた木がそのまま道端に放置されていて、ずっと気になっていた。楢の木だからもったいないと思って朝早くチェーンソーを持って取りに行った。根っこの部分を残してほぼ玉切りして、クルマに積んで3往復。斧で割って欅の上に積み上げたが、欅と違って素直に割れて、暑かったけどすぐに済んだ。固くて臭い欅はもうこりごり。改めてそんなふうに思った。・連休をはさんで、ホームセンターで野菜の苗を買った。トマト、ナス、ピーマン、シシトウ、インゲン、キュウリ、カボチャ、サツマイモなどだが、去年作った畑の他にもう一ヶ所増やして、新しいところにはジャガイモとカボチャ、それにサツマイモを植えた。今のところどれも順調に育っている。ジャガイモだけは芽が出たところを埋めたのだが、ちゃんと葉が出てきた。
・先週も書いたが強風でカラマツが折れて2mほどが残った。洗濯干しに使っていて、そのロープの部分は残っているので、これからも使えるが、腐っているからどのくらい持つかわからない。先日は大量の羽アリが中からわいて出た。倒れた10mほどの部分は玉切りにして、そのうち割って積もうと思っている。気温がかなり上がって薪割り仕事にはつらいが、枝を細かく切って積む仕事も残っている。それにしても倒木が母屋と工房の間で、どちらにも当たらなかったのは奇跡に近いと思った。
・風だけでなく強い雨も何度か降った。クルマのドアを開けると水がぼとぼと落ちて、運転席側のピラーが濡れていた。雨漏りかと思ってディーラーに行くと、サンルーフが開いてませんかと言われ、その通りだった。それで引き上げたのだが数日後にまた雨が降って、やっぱり雨漏りがした。ネットで調べるとサンルーフには溜まった水を流すホースがついていて、それが詰まることがあるとあった。我が家は森の中にあって、落ち葉や花粉や実が落ちてクルマを汚している。時々掃除や洗車をしているのだがサンルーフの中までは気がつかなかった。ディーラーに行ってホースの詰まりをきれいにしてもらって流れるようになったのだが、とんだ騒ぎだった。
・驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房にでかい糞を残していった熊だろうと思った。しかし、いつ出てきてもおかしくないから気をつけねばと改めて思った。そう言えば鹿には何度も出くわしていて、野菜の苗を食われないように、最初だけ網を掛けたりもしたのである。以前は猿の群れがよくやって来たのだが、最近はほとんど見かけない。おそらく駆除をしたのだろうと思う。けれども、鹿は間違いなく増えているし、熊情報だって時々ある。庭にいる時はよくまわりに注意してと戒めている。 |
2026年5月25日月曜日
仕方なくケーブルテレビにした
・我が家は難視聴地域にあって、テレビの映りは極めて悪かった。それでも悪いなりにアナログの時代には東京局のすべてが見えたり見えなかったりした。風が吹いたり雨が降ったりすれば当然、ほとんど見えなくなる。我が家は難視聴地域というだけでなく、松や欅の大木に囲まれているのである。2011年にテレビがアナログからデジタルに変わったことによって、山梨県ではNHK2局と民放2局の4つのチャンネルだけになった。ケーブルテレビに加入すれば、東京局のすべてが見られるのだが、テレビを見る時間はそれほど多くなかったし、そもそもバラエティばっかりの民放などはほとんど見る気にならなかった。
・しかし、地デジを見るためには新しくアンテナを付け替えなければならない。腹が立つから役場から始まって総務省まで引っ張り回されて電話で文句を言って、やっと半年間だけBS経由での視聴が許可された。ただし見えたのはやっぱり4局だけで、その半年が過ぎると何の知らせもなしに、映らなくなった。仕方がないからアマゾンで見つけた高感度の大きなアンテナを買って、自分で2階の屋根につけることにした。意地でもケーブルと契約などするかという気持ちだったのである。それで映るようになったのは、間にブースターを二つかませてからだったが、日によって映りが良かったり悪かったりするのはアナログ時代と変わらなかった。
・映りが悪いのはBSも一緒で、夏は茂った木の葉が邪魔をしたし、冬は雪が降るとアンテナを凍りつかせた。インターネットを光にして、BSも見えるようになったが、地デジは強い風が吹くと枝がアンテナに当たって見えにくくなった。その度に屋根に上って位置を調整して見えるようにしたのだが、最近は歳とって屋根には上らないことにしていた。テレビを見る時間はそんなに多くないので、まあいいかと思っていたのだが、先日の強風でアンテナが大きく動いて、ほとんど見えなくなってしまった。何しろ枯れはじめたカラマツが2メートルの高さからぼっきり折れてしまうほどの風だったのである。・こうなると見えるようにする手段はケーブルテレビしかない。というわけで、ここに住んで四半世紀を過ぎたところでケーブルテレビに加入することにした。我が家は道路から引っ込んでいるからケーブルはNTTが埋設した導管を使うことにした。ところがどうしても途中でつかえて進まない。諦めて空中で繋ぐことにしたが、間には大小何本も木があって枝が重なり合っている。風が吹いたら切れてしまう危険性もあるが、一応繋いで、無事見ることができるようになった。 ・ケーブルテレビは東京局のすべてが見えるし、神奈川のUHFやケーブル独自のチャンネルもある。いっぺんにチャンネルが3倍にも増えたのだが、さて、テレビを見る時間は増えるのだろうか。いずれにしてもきれいに見えるようになったのだからNHKの受信料は払うことにしようと思っている。 |
2026年5月18日月曜日
ノーム・ チョムスキー『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』(集英社)
・ノーム・チョムスキーは著名な言語学者だが、アメリカに対して強烈な批判をする論者であることも知られている。1928年生まれだから、もうすぐ100歳になる年齢である。トランプ大統領の最近の愚行に対する彼の批判はさすがに聞かないが、ロシアのウクライナ侵略については、その直後に「戦争犯罪」だと批判をしている。
・そのチョムスキーの本をアメリカがイラクを侵略した直後に読んで、紹介したことがある。『すばらしきアメリカ帝国』(集英社)で印象に残ったのは、アメリカのイラク侵略を「国際法に根拠のかけらさえもない予防戦争」だと言い、次のような批判を書いていたことである。
つまり、軍事力によって世界を支配しようとするアメリカに挑戦しようとするものがあらわれた場合__それがさし迫っていなくても、あるいは捏造や空想であっても__それが脅威に発展する前に消滅させる権利がアメリカにはあるというのです。・それに気づいて、同年の2008年に出版されて積読だった『破綻するアメリカ・壊れ逝く世界』を読み直してみようと思った。トランプのイラン襲撃はブッシュのイラク侵略と酷似していて、もっと横暴だと思ったからである。
・この本は「無法国家のやりたい放題!」「『違法だが正当』というごまかし」「海外における民主化促進」「中東が証明するもの」「アメリカ国内における民主化促進」といったタイトルの章で構成されている。無法国家とはもちろんアメリカのことだが、それはアメリカの国内法はもちろん、国際法や国連の手続きも誤魔化したり無視することを指している。そして法を無視することが正当であることを主張する傲慢さが常套句であることが指摘されている。・たとえばユーゴスラビアが崩壊して内戦が深刻化した時に、当時のクリントン米大統領は、セルビアによるアルバニア人の虐殺を防ぐことを理由にサラエボの空爆を実行した。「違法だが正当」を主張したものだったが、実際には虐殺はむしろ空爆後に増加したのである。あるいは「海外における民主化促進」には、そのような理由とは正反対に、ナショナリズムに基づく民主化を実現させようとした国の政権を倒すことを実行している。チリのアジェンデ政権の転覆と軍政の支持や、パナマ侵攻によるノリエガ体制の崩壊である。同様のことはハイチやニカラグア、グアテマラなどの中米諸国に及んでいるのである。またその時の理由に麻薬の密輸があったことは、トランプによるベネズエラ侵攻と大統領逮捕に酷似している。ベネズエラの石油を抑えることで次に狙っているのはキューバである。 ・イランのホメイニ体制は1978年の革命で成立した。親米派の王政を倒したのだが、その王政は、石油の国有化を実現させたモサッデク首相をクーデターによって失脚させた後に生まれたものだった。そのクーデターを支えたのはアメリカやイギリスで、最大の理由は石油利権である。「中東が証明するもの」はそんな石油利権とブッシュによるイラク侵攻、イスラエルとパレスチナ、そしてアラブ諸国との関係に触れている。イスラエルがアメリカの後押しによってガザ地区をがれきの山にして膨大な犠牲者を出すまでにはまた、多くの横暴で悲惨な歴史があったのである。 ・民主主義をリードすると思われていたアメリカは、今トランプによってその崩壊の危機にある。しかし新自由主義的な政策による富の格差や、政権よりのメディアの姿勢は20年前から指摘されたことだった。オバマが大統領になって少しはましになったと思われたが、その反動がトランプを誕生させた。アメリカが破綻し世界が壊れていく。この本を読むとそんな危機がいっそう強く感じられる。 |
2026年5月11日月曜日
今さらですがビートルズを
・この欄で何を取り上げるか、もう何年も頭を悩ましている。昔よく聴いていたのにほとんど取り上げていないものはないかと探しているのだが、ビートルズはと気がついた。聴いていたのは1960年代から70年代にかけてで、ジョン・レノンは1980年に殺されている。毎年12月の凶弾に倒れた日からクリスマスまで彼の歌を聴くようにしていたが、最近ではそれも忘れることが多くなった。ジョージ・ハリスンも病で亡くなったし、ポール・マッカートニーには興味がなかったから、取り上げる機会がなかったのである。
・アマゾンで探すと『ジョン・レノン&ポール・マッカートニー ソングブック 1957―1965』という名のビデオがあった。ビートルズはデビュー以来ずっと、自作の大半を「レノン&マッカートニー」として、曲と歌詞をどっちが担当しているのかも明記しなかった。実際、どちらかが作りはじめたものでも、二人で練り合わせて仕上げるのが当たり前だったようだ。著作権とそれに伴うお金などには興味がなく、ただ良いものを作ろうとしていたからだった。もちろん初期の頃から曲想の違いはあったものの、歌詞についてはどっちが作っても大差ないものだった。・このビデオが注目しているのは、主に歌詞に違いが出始めた時期で、1964年に発表された「ハード・デイズ・ナイト」からであることを話題にしている。「ラブ・ミー・ドゥ」でデビューして2年後のことで、同名の映画が同時に公開されている。コンサート・ツアーをドキュメントしたもので、嬌声をあげて追いかける女の子達や、楽屋や移動中の列車やタクシー、あるいはホテルでの騒ぎやいたずらが映されていた。リチャード・レスターが監督し、それまでのミュージシャンを主役にした映画とは違った趣向が凝らされていた。 ・変わりはじめたのはジョン・レノンで、それはボブ・ディランを知ったことがきっかけだった。アメリカの政治や社会に対して強い批判を込めた歌を自作して歌うディランは、1962年にデビュして64年までに4枚のアルバムを出している。ジョン・レノンはそのアルバムに強い影響を受けたというのである。その理由としてあげているのはハーモニカや生ギターの使い方であり、何より自分の正直な気持ちを込めた歌詞である。ジョンはまず、政治や社会に対する批判ではなく、ラブ・ソングの中に月並みではない自分なりのことばを工夫しはじめた。そこにはもちろん、自分の経験が反映されていた。 ・ビートルズは1969年まで続いたが、コンサートは66年までである。1964年以降に出されたアルバムは10枚で、最後の『レット・イット・ビー』は解散後の1970年だった。多くの曲はジョンとポールの共作とされたが、実際にはそれぞれが個別に作ったものを集めてアルバムにしたものになった。作った方がリード・ボーカルもやるのが大半で、その曲想や歌詞の違いは後期になるほどはっきりしたものになった。 ・ビートルズが解散した後、僕はジョン・レノンだけを追いかけた。その理由の一つがボブ・ディランであることを、今さらながら確認した。 |
2026年5月4日月曜日
教養はもっと大事!
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・前回、自分の生活の中では「教養」よりは「今日用」が大事ということを書いた。しかし、目を社会や世界に向けた時に思うのは、「教養」のない人たちによって世界が壊されているという現実である。その代表はトランプだが、ブッシュやレーガンが大統領になったように、アメリカには教養人を嫌悪する傾向が以前からあった。アメリカは民主主義をリードする国で、オバマによって黒人初の大統領が実現し、続いて女性の大統領だとなった時に、トランプが現れ、保守的な白人層が強く支持した。その教養のかけらも持ち合わせないトランプが王様気取りで、民主主義そのものを壊しにかかっているのである。 ・政治家がひどいのは日本も同じだろう。戦後生まれだから戦争責任はないと公言する高市の歴史認識は呆れるばかりだし、小泉進次郎も無知をさらけ出した発言が少なくない。自民党の中では教養があると思っている石破前首相が人気がなく、高市が高支持率を維持しているのだから、教養の軽視は日本の中にも強くはびこってしまっていると言えるかもしれない。「維新」や「参政」などは政党自体が無教養の顔をしている。 ・そう言えば、大学で教えていて、教養に対する大学と学生の変化を目の当たりにした経験がある。4年制の大学は教養課程の2年間と、専門課程の2年間に別れていた。それが崩れて、1年生から専門科目を提供するようになったのだが、そこには文科省の方針はもちろん、就職に関係しない科目は勉強したくないといった学生の希望も反映されていた。僕は「文化社会学」といった科目を担当していて、講義では音楽やスポーツと社会や政治の関係を話したりしたのだが、学生が関心を示さなくなったことを肌身で感じた経験がある。直接言われたわけではないが、「この授業は就職に役立つんですか?」といった態度を学生の反応から意識したのである。 ・「教養」とは「単なる知識の蓄積ではなく、学問、芸術、経験を通じて培われる『物事を深く理解し、応用する能力』や『精神的な豊かさ』のこと」である。自らの興味や関心に基づいて熱心に取り組んだこと、夢中になったことが、やがて自分の人格を形作る基になり、社会や世界を見る目を養うことになる。それは何かの役に立つと思ってやることとは本質的に違うものなのである。 ・僕は他に「コミュニケーション」や「メディア」も関心分野にしていた。だから学生同士の関係の持ち方にも興味を持っていて、それが深いところから浅いところに、内面をぶつけ合うことから外見を取り繕うことに変わるのを感じていた。ゼミでも、自分の意見を言わなくなり、誰かの発表を批判することにも消極的になった。だから表面上仲良くすることには熱心でも、結局お互いのことはよくわからない。わからないから余計に、外見ばかりの関係になる。それは「教養」を培うはずの大学教育には、決定的な敗北であることを痛感した。 ・「教養」によって培われる一番のものは「品位」とか「品性」だと思う。英語では「ディーセンシー」(decency)だろう。それが欠けている人たちが政治や経済を牛耳っている。それを放置し、支持さえしている人たちはまた、ネットでの暴走を見過ごし、時に片棒かつぎさえしている。正直な話、もう世も末だなと思うことも少なくない。 |
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・ 石破首相が自民党総裁の辞任を決めた。総裁選の前倒しが決まったり、それを受けて衆議院の解散に打って出れば、自民党が分断され、国政も混乱するといった菅や小泉の忠告を受け入れたからだと言われている。僕は総裁選の前倒しが賛成多数になるかどうかわからないし、多数になったら衆議院...

・四台目のアウトバックは退職後ということもあって、四国遍路や九州一周をやり、北海道まで出かけました。どれも2週間の長旅でした。その他にも東北旅行を4年続けてやり、信州や北陸にも何度も出かけました。モデルチェンジの度に大きくなって、狭い道や林道などは走りたくなかったのですが、静かで安定した走りは長距離ドライブにはもってこいでした。ただしここ数年は夏が暑すぎることやインバウンドの影響で、長旅は控えるようになりました。もちろん、年齢による運転疲れということもあります。
・アウトバックはレガシーと名がつく最後のクルマです。僕が最初に乗ったレガシーは初代で1993年でした。キャンプに出かけるためというのが一番の理由だったと思います。子どもたちもまだ小学生でテントや寝袋を積んでよく出かけました。二台目のランカスターは車高が高くなってSUVと言われる車種の走りになりました。ちょうど2000年の河口湖への引っ越しと重なりましたから、雪道に強い4駆をというのが選択理由でした。こうなるともう典型的なスバリストです。クルマも2台いるということで、パートナーもやっぱりスバルのインプレッサになりました。
・前述した通り二台目は27万キロ走り、3台目のアウトバックも17万キロ走って、通勤の足として働きました。パートナーも2台目のXVに乗り換えて、4台目のアウトバックまでスバルばかり6台乗り続けたのです。で、今度もやっぱりスバルということになりました。他社のクルマに乗っていませんから比較はできませんが、スタイルや走り、そして乗り心地には満足してきました。ただし燃費を考えて電気自動車にするのも選択肢の一つだと思いました。スバルは二種類のEVを出しています。しかしトヨタが開発したものをスバル風にアレンジしたもので、アウトバック以上に大きいですから食指は動きませんでした。
・選んだのは7月に発売されたばかりのハイブリッドのレヴォーグ・レイバックです。レヴォーグはレガシーの大型化に伴って、国内販売に特化したレガシーの後継車でした。レイバックはその車高を上げたSUVですが、購入したのは少しだけ車高が低くなっています。アウトバックと同じ赤と思いましたが派手だったので青色にしました。手放したアウトバックはもちろん、今でもしっかり走ります。もったいないことこの上ないですが、どこか外国に行って走り続けるのではと思います。乗り換える時にはいつもそうですが、ありがとうの感謝と、元気でいてと願ってのさよならでした。

・野菜も長雨でほとんどダメになった。ただミニトマトとサヤインゲンはよく取れている。後は小さなナスとピーマンがちょっとだけで、カボチャは枯れたし、ジャガイモも元気がない。ミョウガも去年ほどには取れていないから、すっかりやる気を無くしている。要するに放りっぱなしなのである。ただし来年はもっと日当たりのいいところに新しい畑を作ろうと、いろいろ策は練っている。
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庭仕事をしないから、早朝の自転車はがんばっている。ただし最近では20kmほどの湖畔一周コースを50分切るのもしんどくなった。かなりがんばったと思っても49分ぎりぎりで脚力が落ちたなとつくづく思う。何しろベスト・タイムは42分台だったのである。もちろん歳のせいだが、山歩きをしなくなったせいもあるだろう。動かなければどんどん衰える。そんなことを実感しているが、暑くて日中は何もする気にならない。
・梅雨が長く、明けても天候不順の日が多かったから、雲ばかりで何も見えないことが多かったのだが、時には富士山や富士五湖がくっきり見える日もあって、それはなかなかの風景だった。それに出かける時によく通るいくつかの交差点や河口湖駅前などもあって、今日の人出は、交通量はなどとチェックすることもできるようになった。だから見たい番組がない時には、ケーブルテレビにずっと合わせておくことも少なくない。ちょうど景色が変わる一つの窓が増えた感じなのである。
・翻訳者の伊藤明己さんからこの本をいただいた時の反応は「スロー・メディア」って何だ?というものだった。「ファースト・メディア」なら何となくわかる。スマホやタブレット、それにPCといったものと、それを使って利用するインターネットのことだろう。だとすると、「スロー」は新聞や雑誌、あるいは番組編成で規制されるテレビやラジオのことだろうか。そんなふうに思って読みはじめたのだが、それほど単純な話ではなかった。
・思い出せば、最初に応援に行った時、孫は三振するたびにべそをかきました。チームメートに慰められるのを見て、泣き虫だなと呆れましたが、悔しくて泣くのは悪くないと弁護する人もいました。チームには当然、親達のサポートが必要です。ほぼ毎週末のように試合をやり、練習もするので、子どもたちの特徴は誰もがよくわかっているのでした。子どもたちも大変だけど、親はもっと大変だな。応援に行くたびにそんな感想を持ちました。
・野菜を植えてしばらくは好天が続いたから、どれも順調に育っているように見えた。しかし、ある朝見に行くとジャガイモの葉や茎が頭からなくなっている。多分鹿に食われたのだろうと、ネットで調べると、ジャガイモの葉や茎は鹿の大好物だとあった。これ以上被害に遭わないようにとさっそくネットを張った。ネットの中にはカボチャとサツマイモもある。実りはじめたら今度はイノシシに荒らされるかもしれない。収穫時にはもっと強固な柵を作らなければならないだろう。



・前回も書いたがクルマのサンルーフから入った雨の被害は、さらにひどくなった。運転席のピラーが濡れることはなくなったのでもう大丈夫と思っていたのだが、「ドアが開いている」という表示が消えなくなった。ディーラーに持っていくと、荷室のスペアタイヤが水で濡れていた。どうしてここに溜まるのかは整備士の人でもよくわからなかったようだが、ネットで調べるとやはりサンルーフが原因のようだった。水は座席の下にも溜まるようになったから、キャンプに使うタープで屋根を覆い、サンルーフのまわりをガムテープでふさいだ。雨ばかりの梅雨には本当に参ってしまった。クルマはまだ9万キロほどだが10年に近いから、乗り換えようか、という気になっている。
・もっとも、毎試合見ているドジャースの試合では、日本の広告ばかりが目立っている。試合の中継はNHKがやっているのだが、バックネットには大谷選手と契約しているメーカーの広告がよく載っている。「おーいお茶」を背景に大谷選手の打撃を見るのは、もうほとんど日常的な風景である。今年からこの球場は「ユニクロ・フィールド・アット・ドジャースタジアム」という名称になった。このパートナーシップは5年で1億2500万ドル(200億円)で看板は外野のフェンスやバックネット、それにスコアボードの上などに設置されている。
・
またドジャースのブルペンには今年から毛筆で大きく「不動産を超えてゆけ」と書かれた広告がある。SAMTYという大阪の不動産会社で山本投手と契約しているようだ。バックネットの「おーいお茶」と合わせて、何とも奇妙な感じがする広告である。ちなみにネット裏の広告は1イニングで1000万円以上もするようだ。しかも、実際に球場でも見られるのではなく、TV中継のために合成して貼りつけられているのである。NHKはなぜ許しているのだろうか。考えればおかしな話である。これはドジャースが遠征する球場でも同様である。
・鉄道の発達は蒸気機関の発明から始まる。それが馬車に取って変わる機関車になり、荷物の運搬から人の移動手段として発達するようになる。そうなった時に人々が驚いたのはその早さだった。馬車に比べて三倍ほどの速度だったが、それは空間や距離、そして時間の抹殺として実感された。その早さは乗客の感覚をも狂わせる。窓から見える景色が流れるように変わっていったからである。この本の面白さは、当時の人々の声を丹念に拾っているところにあるが、やがて鉄道網が全国的に普及するようになると、その移動の仕方は当たり前のものになる。
・前回ビートルズを取り上げて、次は誰かと思案していたら、ローリングストーンズが新しいアルバムを出すというニュースが飛び込んできた。それなら次はやっぱりローリングストーズだなと思ったのだが、発売は7月になるという。それでは間に合わないからと、手にする前に取り上げることにした。アルバムのタイトルは"Foreign
Tongues"で「外国語」という意味だが、辞書には神がかり的な状態で話すことばである「異言」という意味もあるという。こちらの方がこのグループらしいがどうだろうか。


・先週も書いたが強風でカラマツが折れて2mほどが残った。洗濯干しに使っていて、そのロープの部分は残っているので、これからも使えるが、腐っているからどのくらい持つかわからない。先日は大量の羽アリが中からわいて出た。倒れた10mほどの部分は玉切りにして、そのうち割って積もうと思っている。気温がかなり上がって薪割り仕事にはつらいが、枝を細かく切って積む仕事も残っている。それにしても倒木が母屋と工房の間で、どちらにも当たらなかったのは奇跡に近いと思った。
・風だけでなく強い雨も何度か降った。クルマのドアを開けると水がぼとぼと落ちて、運転席側のピラーが濡れていた。雨漏りかと思ってディーラーに行くと、サンルーフが開いてませんかと言われ、その通りだった。それで引き上げたのだが数日後にまた雨が降って、やっぱり雨漏りがした。ネットで調べるとサンルーフには溜まった水を流すホースがついていて、それが詰まることがあるとあった。我が家は森の中にあって、落ち葉や花粉や実が落ちてクルマを汚している。時々掃除や洗車をしているのだがサンルーフの中までは気がつかなかった。ディーラーに行ってホースの詰まりをきれいにしてもらって流れるようになったのだが、とんだ騒ぎだった。
・驚いたことはもう一つ。雑草が伸びてきたので草刈りをしていると、川に面したところに生えているモミの木に爪痕を見つけた。最近のものではないから、2年半ほど前に工房にでかい糞を残していった熊だろうと思った。しかし、いつ出てきてもおかしくないから気をつけねばと改めて思った。そう言えば鹿には何度も出くわしていて、野菜の苗を食われないように、最初だけ網を掛けたりもしたのである。以前は猿の群れがよくやって来たのだが、最近はほとんど見かけない。おそらく駆除をしたのだろうと思う。けれども、鹿は間違いなく増えているし、熊情報だって時々ある。庭にいる時はよくまわりに注意してと戒めている。
・しかし、地デジを見るためには新しくアンテナを付け替えなければならない。腹が立つから役場から始まって総務省まで引っ張り回されて電話で文句を言って、やっと半年間だけBS経由での視聴が許可された。ただし見えたのはやっぱり4局だけで、その半年が過ぎると何の知らせもなしに、映らなくなった。仕方がないからアマゾンで見つけた高感度の大きなアンテナを買って、自分で2階の屋根につけることにした。意地でもケーブルと契約などするかという気持ちだったのである。それで映るようになったのは、間にブースターを二つかませてからだったが、日によって映りが良かったり悪かったりするのはアナログ時代と変わらなかった。
・映りが悪いのはBSも一緒で、夏は茂った木の葉が邪魔をしたし、冬は雪が降るとアンテナを凍りつかせた。インターネットを光にして、BSも見えるようになったが、地デジは強い風が吹くと枝がアンテナに当たって見えにくくなった。その度に屋根に上って位置を調整して見えるようにしたのだが、最近は歳とって屋根には上らないことにしていた。テレビを見る時間はそんなに多くないので、まあいいかと思っていたのだが、先日の強風でアンテナが大きく動いて、ほとんど見えなくなってしまった。何しろ枯れはじめたカラマツが2メートルの高さからぼっきり折れてしまうほどの風だったのである。
・そのチョムスキーの本をアメリカがイラクを侵略した直後に読んで、紹介したことがある。『すばらしきアメリカ帝国』(集英社)で印象に残ったのは、アメリカのイラク侵略を「国際法に根拠のかけらさえもない予防戦争」だと言い、次のような批判を書いていたことである。
・この本は「無法国家のやりたい放題!」「『違法だが正当』というごまかし」「海外における民主化促進」「中東が証明するもの」「アメリカ国内における民主化促進」といったタイトルの章で構成されている。無法国家とはもちろんアメリカのことだが、それはアメリカの国内法はもちろん、国際法や国連の手続きも誤魔化したり無視することを指している。そして法を無視することが正当であることを主張する傲慢さが常套句であることが指摘されている。
・アマゾンで探すと『ジョン・レノン&ポール・マッカートニー ソングブック 1957―1965』という名のビデオがあった。ビートルズはデビュー以来ずっと、自作の大半を「レノン&マッカートニー」として、曲と歌詞をどっちが担当しているのかも明記しなかった。実際、どちらかが作りはじめたものでも、二人で練り合わせて仕上げるのが当たり前だったようだ。著作権とそれに伴うお金などには興味がなく、ただ良いものを作ろうとしていたからだった。もちろん初期の頃から曲想の違いはあったものの、歌詞についてはどっちが作っても大差ないものだった。