・我が家には冬になると時折ヒメネズミがやって来た。小さくてかわいいのだが、放っておくと悪さをするので、ねずみ取りで退治してきた。パソコンのマウスの形をした簡単な仕組みのもので、ロンドンで見つけたのだった。小さなチーズなどを載せておくと、それに触れた瞬間にパチンと音がして蓋が降りる。かわいそうだがこれまでそれで何匹もやっつけてきた。都会のネズミと違ってこのあたりのネズミは簡単に駆除できる。そんなふうに思っていたのだが、思わぬ強敵が現れた。
・そのネズミは毎晩現れて、サツマイモやバナナを食い散らかして帰っていった。今度のは少し大きくて今までのねずみ取りではかからない。パートナーがそう言って、超音波や光で近づかないようにする道具を買った。音は何種類かあって、なかにはガラスをこすったような不快な音がするものもあった。ところが何の効き目もなかったので、次に猫の臭いを発するネズミ用の忌避剤を買ったがこれもダメ。ネズミは台所だけでなく、家中を徘徊し、わがもの顔の振る舞いをしてそこら中に糞を残していった。
・少し大きいから殺すのはいや。パートナーはそう言っていたのだが、とうとう大型のねずみ取りを買った。バネも強力で、はさまれたら手が痛いほどで、しかも4つもあった。これをネズミの通り道にしかけ、好物のサツマイモを置いたのだが、全くかからない。このあたりから、今度のネズミの賢さやしたたかさを感じるようになった。そこで次は餌でとネズミの好物に毒を混ぜた餌を買った。商品名は「最後の晩餐」である。「20倍食いつく」なら、これを食べないはずはないと思ったのだが、全く口をつけた様子はなかった。それではと、サツマイモとこの餌をならべると、何とサツマイモだけ食べたのである。このネズミは毒入りであることを知っている。その賢さにますます感心することになった。
・もう最後の手段と思ったのは、通り道に敷くとねばねばに足を取られて動けなくなるシートだった。動けなくなったネズミを見るのはいやだし、まだ生きていたらもっといやだ。そう思って買うのを控えていたのだが、もうこれしかないと判断して使うことにした。ところが何日経ってもかからない。糞は落ちていて、動き回った形跡があるのにうまく避けている。ここまで来るともう降参である。そう思って白旗を揚げるしかなかったが、できることはやっておくことにした。
・ネズミはガスコンロに付着した油かすが好物だ。おかげですこしきれいになったのだが、食べ物を徹底的になくすひとつとして、寸法に合わせて作った板で蓋をすることにした。あるいはドアを閉めてもわずかな隙間から出入りするので、下にガムテープを貼りつけたのだが、これはカジって穴を開けられてしまった。もうひとつはダイニングテーブルで、ここなら大丈夫だろうとバナナやサツマイモなどを置いたのだが、どうよじ登ったのか、食べられてしまった。そこで、寝る前にイスを離し、上にシートをかぶせることにした。もちろん、床に落ちたものがないよう、台所やテーブル回りには掃除機をかけるようにした。
・ここまでやったらネズミの気配がなくなった。さすがに食べるものがないとわかったのだろう。そもそもネズミがやって来るのは外に食べ物がない冬に限られていた。なのに今回は梅雨時からである。もういつ来ても何もないようにしておかないと、またわがもの顔で振る舞われてしまう。いなくなっても毎日の用心に怠りがないよう心掛けなければならない。買った道具は1万円にもなっただろうか。とんだ散財だが「トムとジェリー」のアニメのような騒動で、大変だったが楽しんだ気持ちがあったことも間違いなかった。