2002年5月20日月曜日

富士吉田のうどん

 

・富士吉田はぼくが住む河口湖町の隣にある。もうすぐはじまるワールド・カップに出場するカメールーンがキャンプをはる。町にはカメルーンの国旗が目立っている。しかし、観光客や釣り客でにぎわう河口湖とは対照的に富士吉田の町はいつでも閑散としていて、メイン・ストリートの商店街はシャッター通りと呼ばれている。実は、キャンプをはる国は、最初はナイジェリアのはずだった。それが、平塚にさらわれて、あわてて隣国のカメルーンと交渉したのだ。

hoto1.jpeg・前に「観光地の光と影」でも書いたが、この周辺で買い物をしても、領収書はほとんど出ない。何かを頼んでも、口約束では守られないことが多い。要するに、顔見知り相手の関係が主だから、赤の他人同士の関係を保証する契約という発想がないのだ。詳細はよくわからないが、ナイジェリアに逃げられたというニュースを聞いたときに、ぼくは「やっぱりな」と思った。きちんと契約書を交わしてなかったんだろう。
・そんなわけで、富士吉田の将来をかなり心配してしまうのだが、ただ一つ、気に入っているものがある。「富士吉田のうどん」である。山梨県を代表する食べ物は「ほうとう」で、観光客相手の店には欠かせない。「ほうとう」は「きしめん」と同じ形をした、平たいうどんだが、うどんとちがって塩がふくまれていない。具と一緒にぐつぐつ煮込んでつくるから、麺は溶けるようにやわらかくなってしまう。カボチャをいれるから、つゆもどろっとする。はじめての人には食欲をそそるものにはみえないかもしれないが、なれると、これはこれでなかなかおいしい。もっとも、観光客相手の店ででる「ほうとう」は、つゆはすんでいて、カボチャも溶けてはいない。ぼくは、それは「ほうとう」ではないと思うが、そうでなければ、はじめての人には食べにくいのも事実だ。

udon1.jpeg・富士吉田の町には「ほうとう」を食べさせる店はすくない。対照的に「うどん屋」はたくさんある。しかも昼時だけ商いをしている店がほとんどで、どこの店も、客でいっぱいだ。もちろん、観光客はいない。地元の人たちが昼食を取りに来ているのである。閑散とした感じの町で、「うどん屋」だけがにぎわっている。最初は何とも奇妙な気がした。
・奇妙に思ったのはそれだけではない。店構えがそれらしくないのだ。「うどん屋」らしくないというのではなく、そもそも店には見えない。外側から見ると看板がなければ、普通の民家と変わらないし、玄関を開けても、まるで人の家に上がりこむ感じ。たいがい畳の部屋で、小さな折り畳みのテーブルがいくつか並んでいる。メニューもシンプルで暖かいのと冷たいの、それに天ぷらやタマゴ、ワカメなどのトッピングが何種類か、店によっては「かやくご飯」がある。値段は300円前後。観光客相手の「ほうとう」は1000円前後するから、その安さにも驚いてしまう。
・肝心の味だが、出汁には煮干しが使われていて、調味料は醤油と味噌。薬味には唐辛子をごま油と味噌で練った摺種と呼ばれるもの。辛いが、ちょっといれるとつゆに独特のコクと風味がでる。特徴はそれだけではない。最初に食べて驚くのは、その麺の堅さだ。「ほうとう」とはちがって極太の麺はコシということばでは表現できない独特の感触がある。暖かい汁ではなく、冷たいタレで食べると、その堅さはいっそう増す。大げさではなく、噛みきるという感じなのだ。正直言って「何だこれは」と思ってしまう。けれども、その感触が何となく忘れられなくなる。薬味の大根下ろしとわさび、それに鰹節のトッピングの組み合わせがなかなかいい。暖かい季節になってからは、ぼくはもっぱらこの冷たいうどんばかりを注文している。
・忘れてはいけないのがゆでたキャベツ。これがどこの店のうどんにも入っている。うどんにキャベツと聞くと、多くの人はその意外な取り合わせに「えっ?」と思うだろう。しかし、慣れるとこれもまたやみつきになる。こんな味を覚えてから、家でうどんを食べるときには、必ず、ゆでたキャベツをいれるようになった。薬味も店で分けてもらったから、それらしい味になっている。ただ、うどんだけは手に入らない。スーパーで買う「讃岐うどん」では、もはや何とも頼りない。地元の「うどん」も売ってはいるが、たいがいはゆでてあるから、その堅さはほとんど失われている。だから、ときどき富士吉田まで「うどん」を食べに出かけたくなる。
・富士吉田では周辺に来る観光客を取りこもうと、この「うどん」を名物にする動きがでている。「富士吉田うどんマップ」などもできていて、観光ガイドの雑誌にも紹介されはじめている。町の活性化にはかなりいい武器になると思う。けれども、名物になりはじめたら、「ほうとう」とおなじように、味や体裁、それに値段も変わってしまうのではないか。そんな心配をしてしまう。ともかく、一度食べてみる価値のある「うどん」であることはまちがいない。(写真は『ガイドのとら 富士山麓』から借用)

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