- 3月11日、渋谷オーチャード・ホール
・ジャクソン・ブラウンは真面目な人だ。彼のライブを初めて見聞きして、改めてそう感じた。もちろん貶しではなく、褒めているのである。飾り気もなく、派手さもない。ただ淡々と持ち歌を歌う。曲の間には客席からのリクエストに逐一返答をする。で、歌の説明とそれに関連した話題。貧困や災害、ゴミや原発の問題等々……。この日はちょうど4年目の3.11で、そのことにも触れていた。
・スプリングスティーンのように派手なパフォーマンスで客を乗せるわけでもなく、ディランのように一言も話さずに、教祖のような雰囲気でただ歌うというわけでもない。普段着のままという感じ。だから超ビッグにはなれないのかもしれないけれど、だからこそ、デビュー以来、40年以上も同じ姿勢、同じ声、同じ体型でいられるのかもしれない。
・当日唄ったセットリストを載せたブログを見ると、最新アルバム『スタンディング・イン・ザ・ブリーチ』から7曲のほかは、70年代から最近までの歌を満遍なくやったようだ。しかし、どの歌にも不思議なほど古くささも懐かしさも感じない。彼自身のメッセージをこめて今を唄う。客席は静かで立ち上がる人は誰もいない。といって、つまらないわけではなく、じっくり聴こうという姿勢だった。
・7時から始まったライブは途中の休憩をはさんで10時近くまで続いた。さすがに最後の方では手拍子を打つ人、立ち上がって手を上げる人が多く出た。ハイチの大地震をテーマにした「スタンディング・イン・ザ・ブリーチ」の前には、今日が大震災のあった日であることを話し、アンコールで唄った「ビフォー・ザ・デリュージ」の前には、それが79年にニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンでおこなわれた「NO NUKES」で唄った歌であることを話した。客席は総立ちで、その歌に対面した。
夢を見た人もいれば、アホだった者もいる
無知の力で未来を考え計画を練る人もいれば
自然に帰る旅を模索して道具を集める人もいる
大洪水が来る前のやっかいな歳月の中で
心を込めて、避難のために互いの心をあてにする人もいる
さあ、この音楽で魂を高く保たせよう
子どもたちが濡れないように建物へ
やがて、消えてしまった明かりが空に届く時に
そろそろ、天地創造の秘密を明らかにしよう
・「NO NUKES」はスリーマイル島の原発事故後におこなわれた原発に反対する運動を支援するためにおこなわれたコンサートだった。彼は仲間のミュージシャンと「M.U.S.E.」(Musicians United for Safe Energy)を立ち上げたが、東日本大震災後にも、同じ趣旨でチャリティ・コンサートを主催している。その一貫した姿勢に共感するのはもちろんだが、彼の歌には単なるメッセージを越えた説得力があった。最後はもちろん僕も立ち上がって、"Bye and bye"を口ずさんだ。音楽や歌と政治的・社会的メッセージとの見事な混交を久しぶりに味わった。
・ところで、このコンサートには脳梗塞のリハビリで入院中のパートナーと一緒に行った。車椅子をM君に押してもらい、人びとでごった返す渋谷の町を歩いた。車椅子があることで、いつもとは違う風景に感じられて、その意味でもおもしろい一日だった。病室に帰って、彼女は夢のような24時間だったと言った。