・28日の朝、メールのチェックなどをしていると、突き上げるような強い地震が襲ってきた。時間が短かったから直下型だと思ったが、案の定、きわめて震源は近かった。揺れはその後、もっと強いのが数分後にきて、さらに数回続いた。幸い、特に被害はなく済んだが、不意を襲われて心臓がバクバクするほど驚かされた。最初のは震度4、次が5弱、久しぶりに感じた強さだった。
・強い地震の危険性については、いくつもの予測がなされている。千葉県東方沖とか首都圏直下、それにもちろん駿河湾を震源とする東海地震など、いつ起きても不思議ではない巨大地震の数は少なくない。だからいつでも、地震が起こるのではといった不安を感じている。
・たとえば怖いのは車を運転しているときで、トンネルに入ったときなどには、今起きたらなどと考えることが多い。実際、元日に起きた鳥島近海を震源とする地震の時には、僕は首都高を走っていた。首都高はいつでも揺れている。渋滞で止まったときなどに結構揺れて、僕はそのたびに不安な気持ちに襲われる。しかし、元日の揺れは走っている最中で、奇妙なバウンドをして車のサスペンションが故障したのではないかと錯覚するほどだった。
・で、今回の地震だが、震源は北緯35,5度、東経139.0度。グーグルには震源地が特定されていて、それによると都留市と道志村の境目の山中のようだ。丹沢山地の北にある道志山塊で深さは20km、マグニチュードは起きた順に5.0、5.5、4.1、2.7、4.1、3.3だった。30分弱の間に6回もあったから、この後もっと強いのがくるのではと心配したが、その後はおさまってほっとした。とは言え、体に感じた揺れは20回程にもなっている。
・それにしても、しょっちゅう揺れている。それも北海道から沖縄まで、まんべんなく発生していて、その頻度も尋常ではない。3.11の東日本大震災が1000年に一度の大きなものならば、それに続いて巨大地震が起きても不思議ではない。そんな予測をする専門家も少なくないが、政府はパニックや風評被害を避けるという名目で、危険を訴える機関や研究者のブログを閉鎖したり、削除させたりしている。
・地震や原発事故に関連して開かれた政府の会議に議事録が残されていないという報道があった。会議に議事録を残すのはどこの組織でも当たり前のことで、緊急時とはいえ、残していなかったというのは作為的であったとしか思えない。記録しておかなければ、責任を追及されにくくなる。そんな発想が、大地震と原発事故以降いろいろな所や局面でくりかえし露呈していて、しかも、それを改めようとする姿勢が全く見えないのが現状だ。
・災害などの不測の事態にパニックを起こすのは一般人ではなく支配層だ。そのことを実証的に明らかにしたレベッカ・ソルニット『災害ユートピア』には、被災した人びと間にはパニックによる混乱ではなく「相互扶助」の意識に基づく「自生の秩序」の発生が指摘されている。そのことを考えたときに何より恐れるのは、政府の動転ぶりであり、そのために生ずる混乱こそなのである。東海や首都直下の地震が起きたら、富士山が噴火したらどうするか。どうせ「想定外」といって責任回避に懸命になる政府など当てにはできないのだから、自分なりに折に触れて考える必要がある。今度の揺れで思ったのは、何よりその一点である。