2010年1月11日月曜日

グローバル化と閉じた社会


・朝日新聞に載ったピーター・バラカンのインタビュー記事がおもしろかった。コラムの題名は「2010年代 どんな時代に ■国際化と日本」で、インタビューの見出しは「開いた社会 対話から」である。

・ピーター・バラカンは来日して35年になるイギリス人で、ラジオやテレビでキャスターをやり、ポピュラー音楽についての評論もしている。僕は彼の音楽評についても以前から信用していて、新しいアルバムやミュージシャンを見つける参考にしてきた。日本を好み、うまく適応して、長く滞在している人だけに、日本人や日本文化に対する見方には、これまでにも納得できるものが多かった。

・彼がこの記事で指摘しているのは「グローバル化」が叫ばれる風潮と、それとは対照的に、ますます閉じて行く傾向で、そのことを人間関係やコミュニケーションに注目して発言している。
・たとえば、日本語では外来語をカタカナで表記する。明治以来の慣習だが、それは原語の発音にはほど遠いものであることが少なくない。「マネー」は「マニ」、「モンキー」は「マンキ」と表記すべきなのだが、けっしてそうはならない。しかもそのことを彼が指摘しても、「一度決めたことだから変えられない」「日本人にはこの方がわかりやすい」、さらには「日本人同士でわかるのだから、どこが悪い」と言われてしまうようだ。

・他方で、そんなおかしな発音の外来語がやたらに氾濫しているのも、最近の顕著な傾向だろう。彼は「復讐」ではなく「リベンジ」である必要があるのだろうかと言う。大学生の英語力が低下しているのは明らかだが、彼や彼女たちが好んで聴くJPopの歌には英語の題名が多いし、歌詞の中にもさして意味もない英語が登場することが少なくない。しかも、それはやっぱりカタカナ英語に近いものだ。
・彼は、そんないい加減な発音やアクセントの英語を小学生から教えられたら、一生おかしな英語を使い続けるほかはないと言う。大事なことは、まず、外はもちろん、身の回りにある異文化に対する態度から見つめ直すことにある。実際、内向きで他人に同調すること、言わなくてもわかるよう互いに「空気」に敏感になることといった古いつきあいの感覚は、若い人たちのなかにも、何より大事な暗黙のルールとして染みついている。仲間内でわかればいい。この発想を変えなければ、いくら英語教育に力を入れても、しようがないのである。

・ケータイ文化が特殊に発展したことをさして「ガラパゴス化」と言われたりもしているが、そんな特殊性はケータイに限るものではない。外から入ってきたものをカタカナ英語同様に、独自に変形させて、日本の中だけで通用するものにする。それは文化全般に見られる特徴である。バラカンはそんな特殊性を、ネットにおける匿名の発言に見ている。

・直接目の前にした相手とのやりとりでは、言いたいことを言えないくせに、匿名ならどんな暴言もかまわない。それはコミュニケーションとして「対話」や「議論」を基本にする彼の感覚からは異様に思える人間関係のようだ。しかし、多くの日本人には、それが特殊なものだとは自覚されていない。けれども、グローバル化が必然化するこれからの社会では、そんな特殊なやり方だけでは仕事も生活も成り立たなくなる。イギリスからやってきて日本に長く滞在している人の忠告だけに、無視してはいけないことばだと思う。

2010年1月4日月曜日

謹賀新年

 

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・年末からの寒波で元日は猛烈な風が吹きました。届いた年賀状には「そちらは雪ですか?」と書かれたものが多かったのですが、残念ながら、この冬は、ちらっとも降っていません。ただし、真っ青な空を背景にした富士山にはたっぷりと雪が積もっています。美しいけれども、猛烈な風と寒さで、人を寄せつけない山であることは、昨年暮れの片山右京の遭難で改めて実感しました。冬の富士山はまわりから眺めるのが一番!秋からの山歩きでそのことを改めて実感しました。上の画像は朝霧高原の長者岳から見た富士山です。大沢崩れが進行ししている様子がよくわかりました。

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・富士山は少し移動するだけで、その姿を変えます。上の画像の左上は富士山の北にある節刀岳、右上はそこへ行く途中の金山から取ったものです。左下は北西の精進湖と本栖湖の間にあるパノラマ台、ちなみに長者岳は富士山の真西にあたります。右下は富士山の東に位置する須走からの画像です。雪は強風で西から東に吹き飛ばされ、ちょうどこのあたりに吹きだまります。
・下の画像は富士山の南側から撮ったものです。江戸時代に噴火した宝永火山が間近に見えますが、右下は愛鷹連山の富士見峠からで、この景色は50 銭紙幣に使われました。最後は、愛鷹連山の最高峰である越前岳から眺めた駿河湾で、眼下の富士市の向こうに清水の三保の松原がよく見えました。

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2009年12月30日水曜日

目次 2009年

12月

30日:目次

29日:癌細胞の不思議

21日:Merry Christmas!

14日:日本とアメリカの関係

7日:ペット残酷物語

11月

30日:山歩き、ペンキ塗り、そして薪割り

23日:ディランとスティングのクリスマス

16日:ベルリンの壁

9日:インターネットの現在、過去、未来

2日:秋の山歩き

10月

26日:恩人の死

19日:祭日と授業日数

12日:団塊再び

5日:自転車ブーム

9月

28日:BOSEの音

21日:模倣とミラーニューロン

14日:テレビの凋落

7日:Adobeに腹が立った!

8月

31日:千客万来

24日:友人の死

17日:政治哲学なき選挙

10日:尾瀬ヶ原を歩いた

3日:新譜がない

7月

27日:「ソーシャル・ビジネス」と「21世紀の歴史

20日:テレビと政治

13日:飛行機と自転車

6日:BlackberryとMacbook Air

6月

29日:マイケル・ジャクソンの功罪

22日:変わったライブ盤2枚

15日:『やさしいベイトソン』

8日:エコという名の浪費

1日:清志郎が教えてくれた

5月

25日:マスクと濃厚接触

18日:ディランとラジオ

11日:ニート、クール、クリエイティブ

4日:連休はどこにも行かずに

4月

27日:新刊案内

20日:いつもと違う春

13日:テレビで見たくない顔

6日:U2とSpringsteen

3月

30日:大学のテキスト

23日:K's工房個展案内(京都)

16日:イラク戦争とは何だったのか?

9日:雪のない冬

2日:セブ島の海と人

2月

23日:グリーン・ニューディールを本気でやるには

16日:歌とことば

9日:今年の卒論

2日:浅間山噴火

1月

26日:『地下鉄のミュージシャン』

19日:寒波到来

12日:還暦に思う

6日:スポーツの値段

2009年12月29日火曜日

癌細胞の不思議

・癌は外からやってくるものではない。そこがインフルエンザ・ウィルスとは根本的に違うところだ。癌は、もともと体内にある細胞が、何らかの理由で暴走をはじめて増殖し、他の組織を壊していく病気である。だから、癌をやっつけるために開発された薬は、当然、他の健康な細胞にも影響を与えてしまう。これが抗がん剤につきもののひどい副作用である。

・立花隆がレポーターになって最近の癌研究を取材した番組がNHKのBSで放送された。癌は人類にとって最大の敵だが、実はそれが自分自身の体にもともとあった組織であることで、癌治療の難しさとなっている。番組では、それをどう克服しようとしているかといった最新の研究を訪ねていた。癌は外からやってくる敵ではなく、変身して自分に攻撃をしかける分身である。それだけに、どう対応するかが重要であることを、今さらながらに実感させられた。

・癌細胞は突然、何の前触れもなく暴走しはじめる。たとえば8月になくなった僕の友人が最初に異変に気づいたのは1月で、車の座席に座った時に背中が気になるといったことだったようだ。それがだんだんひどくなり、いくつかの病院で検査をして、肺癌だとわかったのが3月で、その時にはすでに進行して末期の状態だったという。その後の闘病生活の苦しさや、癌との折り合いの付け方、あるいは自分の現在と過去、そして未来への思いなど、病床に伏した数ヶ月間を思うと、自分がそういう状況になったら、と考えざるを得ないし、そうなった時の気構えを、今から考えておく必要があるとも感じざるをえなかった。

・抗がん剤は最初の発病の時にはある程度効いたとしても、再発の場合にはほとんど効果のないのが現状のようだ。薬によって一度成長を邪魔されて退散した癌細胞も、薬に対する耐性を身につけ、正常な細胞の中に身を潜めて、再度の暴走の機会を狙っている。しかも、正常な細胞の中には、癌細胞の潜伏や、進行を補助するものもあるようだ。その意味では、癌は闘う敵ではなく、家族内の手に負えない不良息子や娘として考えるべきものだという。

・番組では、抗がん治療などはせず、入院もさせずに自宅療養で、往診をして患者と対応する医者が登場した。癌は体の病だが、それに襲われることで心も異常をきたすし、病院のベッドに寝たきりになれば、自分自身が今までの自分とは違う異物のように感じてしまうことにもなる。いつも生活している家の、いつも寝ているところで、いわば癌とつきあいながら最後の時間を過ごす。癌という病気は、癌とのつきあい方をどうするか、死ぬまでの時間をどう生きるか、といった人生観やライフスタイルの問題でもある。

・癌の克服が医学にとって、最大のテーマであることは間違いない。しかしそれは癌のみではなく、同時に、生物や命の不思議を解明することの一部であり、人間にとっては「生きること」や「生き方」を考える哲学に結びつけるべき問題でもある。そういった自覚がなければ、私たちは新薬開発の競争に明け暮れる製薬会社や、それを使って利益を上げようとする病院の「資本の論理」の言いなりになってしまう。

2009年12月23日水曜日

Merry Christmas!!

 

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オバマが大統領になり
自民党政権が敗れて
日本や世界の情勢に
少しだけ希望が持てそうな気がした年でした

還暦を迎えましたが
親しい人や信じられる人が何人も死んだ年でもありました
とりわけ、同年代の人たちの死はつらくもあり、寂しくもありました

健康であることを目的にはじめたわけではありませんが
自転車で河口湖や西湖を走ることを習慣にするようになりました
秋になると山歩きもはじめて
富士山の周辺を以下のように歩きました

10.15 忍野・高座山
10.22 猿橋・百藏山
10.29 精進湖・パノラマ台
11.06 西湖・王岳
11.20 籠坂峠周辺
11.23 節刀ヶ岳・大石峠
11.27 田貫湖・長者が岳
12.04 箱根・金時山
12.12 愛鷹山・越前岳

今年はクリス・ロジェクの
『カルチュラルスタディーズを学ぶ人のために』を
5月に世界思想社から出版しました
また、来年度の講義に使うための本が
仕上げの最終段階に来ています

そうそう、還暦の祝いを理由に
久しぶりに家族そろって
フィリピンのセブ島に出かけました
来年は、ちょっと長めの海外旅行に出かけたいものだと思います

それでは

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2009年12月14日月曜日

日本とアメリカの関係

 

秋尾沙戸子『ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後』新潮社
ハワード・ジン、レベッカ・ステフォフ 『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史(上下)』あすなろ書房
エリコ・ロウ『本当は恐ろしいアメリカの真実』講談社

・沖縄の普天間基地移転の問題が揺れている。辺野古か県外か、あるいは国外か、民主党の姿勢がはっきりしないから、アメリカも苛立っているという。日米関係を損なうといった批判が自民党から浴びせられている。しかし、アメリカが苛立ったからと言って、なぜ慌てる必要があるのだろうか。政権が変わったのだから、根本的な見直しをすることがたくさんあるのは当たり前で、日米関係と国内、とりわけ沖縄に多くある米軍基地をどうするかといったことは、今こそきちっと考えてアメリカと交渉をする問題だと思う。

・日本に米軍基地があるのは、日本を他国の侵略から米軍に守ってもらうためだ。1951年にサンフランシスコで平和条約とともに締結された「安全保障条約」がその根拠になっている。これは第二次世界大戦の敗戦国として否応なしに結ばざるを得なかった条約で、10年の期限が切れた1960年と 70年には、この条約の批准に反対する大きな運動が起こった。それは、侵略される脅威があるから基地が必要だとする意見と、基地の存在が脅威を産むのだと考える立場の対立だった。70年以降は単年ごとに自動的に更新されるものに変わって、現在に至っている。

j&u1.jpg ・秋尾沙戸子の『ワシントンハイツ GHQが東京に刻んだ戦後』を読むと、敗戦後のアメリカの対日政策とそれに対する日本政府の対応が、きわめて一方的で屈辱的なものだったことがよくわかる。「ワシントンハイツ」は明治神宮に隣接して作られた米軍関係者の宿舎で、元は陸軍の練兵場が会った土地だった。そこは64年の東京オリンピックの直前に変換され、オリンピック村になった後、代々木公園になり、競技場やNHKが作られた。原宿が異国情緒のある流行の先端の街になったのは、ワシントンハイツの住人を顧客にした店があったせいだ。だから旧ワシントンハイツ地区は、日本人の中に共通して持ちつづけられているアメリカに対する卑下と憧れ、反米と親米といった感情を象徴する場所だといっていい。

j&u4.jpg・ハワード・ジンの『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史(上下)』は『民衆のアメリカ史』をレベッカ・ステフォフが子ども向けに書き直したものだ。歴史の教科書には載らない裏面史だが、インディアンの虐殺から始まって、奴隷の輸入と人権の無視、正義と民主主義をふりかざした他国への攻撃が世界大戦からヴェトナムやイラク戦争にいたるまで批判的に記述されている。もちろん個々の出来事や問題については、もっと詳細に分析された本がそれぞれいくつもある。しかし、アメリカという国に滅ぼされ、差別され、痛みつけられてきた人びとの目から見たアメリカの歴史は、よく知られた英雄や美談、豊かさや自由を強調したイメージを覆していく。アメリカの表と裏の乖離をこれほどに感じさせる歴史書は他にはないといってもいいだろう。

j&u2.jpg ・もっともアメリカの二面性は現在でも変わらない。エリコ・ロウの『本当は恐ろしいアメリカの真実』には、ブッシュ時代のアメリカの状況からリーマン・ショック、そしてオバマ大統領の誕生へといたる現状が、マイノリティである在米日本人の批判的な目を通して描き出されている。オバマはブッシュの残した後始末に苦慮している。一方で核兵器廃絶と言いながら、アフガニスタンでは兵力を増強して、タリバンを力でねじ伏せようとしているし、日本の米軍基地に対する政策も、これまでと変える気はないようだ。しかし、日米の政権が大きく変わった今こそ、従来の日米関係を見直すチャンスであることは間違いない。アジアの現在の政治状況にとって、日本にある米軍基地がどれほど重要なものなのか。今大事なのは、そのことを問いかけて交渉する外交能力であることは間違いないように思う。

2009年12月7日月曜日

ペット残酷物語

・去年の夏に近所に引っ越してきた家から、複数の犬の鳴き声が聞こえるようになった。それもかなりの数で、一斉に鳴き出すとすさまじい音になる。ただし、犬の姿はまったく見かけない。奇妙な感じを抱きながらも、苦情は言わずに放っておいた。寒くなって窓を開けることもなくなり、鳴き声がそれほど気にならなくなったからだ。

・ところが春になって、少し暖かくなると、また鳴き声が気になり始めた。さらに、異臭もする。風向きによっては我が家の中にもその臭いが侵入しだした。家主は引っ越してきた時に挨拶もしなかったし、滅多に見かけることもない。訪問者もほとんどないし、郵便や宅配が来ても一切出ないようだ。直接苦情を言って聞くような相手ではないと思ったから、町の役場や保健所、そして警察署に出かけて相談をした。で、見回りに来てくれたのだが、どこもどうしようもないという返事だった。ブリーダーなら届け出る必要があるが、確かめるためには承諾を得て家の中を調べなければならない。もちろん、家主はそれを拒否したらしい。

・夏に長期滞在した隣にある別荘の住人が、苦情を言いに行った。いつもレトリバーを連れてくる犬好きで、元の家主の知人として、家を売る際に一緒に立ち会っていたようだ。いろいろ話をして、ブリーダーであることもはっきりした。ラブラドールとレトリバーの成犬が7匹ほどいて、そのほかに子犬がいることもわかった。もちろん、付近に大変な迷惑をかけていることも言ってきたようだが、だからといって立ち退くことも、ブリーディングをやめることもできないという話だった。

・それ以来、鳴き声が少しだけおさまったし、秋になると窓を開けることも減ったから、音も臭いも我慢ならないほどではなくなった。だから、そのままにしているが、一年中家に閉じ込めて、まったく外に出さずに、ただ子どもを産ませられる犬の存在がずっと気になっている。太陽も浴びず、散歩や運動もしないのは、犬にとって心身ともにいいことはない。産まれてくる子どもにだっていいはずはない。もちろん、犬は「いったい何のために生まれてきたのか」などとは思わないし、苦情も言わない。だからこそ、いっそう、人間の身勝手さや残酷さを感じてしまう。

・ペットショップには、いろいろな種類の子犬が売られている。それを見て「かわいい」と言う人たちに違和感をもつことがよくあった。親離れしていない子犬が、小さな檻に閉じ込められっぱなしという状態が気になったからだ。日本人にとってペットを選ぶ第一の条件は「かわいらしさ」にあるようだ。だから子犬の時期が好まれる。しかし、親から早く離せば、親の愛を受けられないし、生きるすべを学ぶ機会も持ちえない。それを人間が自分勝手な愛で穴埋めするから、言うことを聞かない犬に育って手に負えなくなってしまったりする。

・「かわいい」と思う子犬が、どこで、どんな状態で、どんな親から生まれてくるのか。その仕組みの一端を知ってしまうと、とても犬を買う気にはならない。犬たちの鳴き声がする家の前を通り過ぎるたびに、そうつぶやいてしまう。