・留学生(中国人)はかつてはインターネットや広告をテーマにする学生が多かった。しかし数年前から一変して、アニメ(宮崎駿『トトロ』など)やアイドル(ジャニーズ)などが多くなった。テーマにしないまでも、留学生は一様にマンガやアニメに興味があって、それは日本に留学する一番の理由だったりする。かつては見るからに苦学といった感じだったが、経済的に豊かになったことも明らかで、そんなことも理由にあるのかもしれないと思っている。そんな彼や彼女たちが修士号を取っても帰国せず、日本の企業に就職するようになったのも、ここ数年の大きな傾向だ。
・僕はマンガもアニメも研究対象にしたことがないから、学生を指導すると言うより知らないことを教えてもらうといった状態だ。だから『陰陽師論』について発表を聞いても、論文を読んでも、「へー」というしかないような感じだった。僕は25年間京都に暮らしたが、安倍晴明を祭った「晴明神社」なるものがあることすら知らなかった。そこは学生時代から自転車やバイク、そして自動車で通ったところだったのに、まったく気がつきもしなかったのである。
・その『陰陽師論』は、もともとは気象や天文をもとに占いをした陰陽師が、やがて呪術を使う存在としてフィクション化されるようになり、明治時代には忘れられてしまったこと。それが夢枕獏の詳説をきっかけに蘇り、その後にマンガやアニメ、そして映画やテレビドラマになって人気を博した理由を「事実」から「ファンタジー」への転換として論じた作品になっている。なるほどと思ったが、なぜ今「陰陽師」なのかといったところが、やっぱりわからなかった。これはもちろん、ファンになっておもしろがっている留学生と、まったく興味がない僕自身との間にある距離がもたらした疑問だった。
・『相棒』を修論テーマに選んだのは現役の新聞記者で、仕事をしながら大学院に通えるシニア・コースの学生だった。自分の仕事に関連してではなく、個人的関心をテーマにしたのだが、これも僕はほとんど見ていないドラマだった。最初は『刑事コロンボ』に『シャーロック・ホームズ』などを加味させたものだろうぐらいに思っていたのだが、全シリーズの全作品を詳細に分析した、本格的なテレビ・ドラマ論に仕上がった。
・テレビ・ドラマをテーマにした学術論文は多くはない。それは分析に値しない内容だという固定観念に基づくものかもしれないし、映画とは違って、放送が終われば忘れられてしまう、一過性のものだという性格によるのかもしれない。だから分析枠組みとしては、物語論や記号論を援用して、そこで多く用いられる二項対立的概念を抽出して分析をした。
・主役の水谷豊演じる杉下右京は警視庁で窓際に追いやられた刑事である。普通なら閑職で何もできないはずだが、相棒がつくことによって、自分の関心の向くままに事件を捜査することができる。捜査一課の刑事たちからは煙たがられるが、事件を解決するきっかけになるのはいつでも右京の推理だから、完全に拒絶することはできない。解決の手柄は当然、捜査一課のものだが、右京には手柄は一切関心がない。彼の興味は一点、「真実」を突き止めることだけにあるからだ。
・論文では、この物語を「異界」(右京)と現実(捜査一課)を仲介する「相棒」こそが主人公だとして、右京と相棒の間に生まれる「葛藤」を「真実」「正義」そして「幸福」といった価値観の対立として分析している。あるいは、右京と相棒が感じるはずの「孤独」の違いを「透明」と「分身」の違いとして論じてもいる。
・なかなかおもしろい論文に仕上がったと思う。ただし、やっぱりドラマを見なければ今ひとつぴんとこないところがあるから、僕は読みながら、ネットで『相棒』を探して視聴した。分析枠組みに沿って、当のドラマを見ると、きわめてわかりやすい。そんな感想を持った。