2000年2月9日水曜日

ポール・オースター『リヴァイアサン』新潮社

 

・爆死した男のニュースに触れてピーターは、被害者が友人のサックスであることを確信する。それが物語のはじまりである。二人は作家で、ニューヨークの酒場で出会った。それぞれの仕事、夫婦や家庭の問題、そして互いの関係をたどりながら、ピーターは、サックスがアメリカ各地にある自由の女神像を爆発して回るようになった理由とプロセスを追い、そのことをひとつの物語として書いた。小説内小説という形式だが、「リヴァイアサン」はサックスが自ら書いた作品の題名でもある。それは言ってみれば、小説内小説内小説で、ピーターはそれをもとにサックスの物語を作り上げる。『リヴァイアサン』は形式的にも、人物やその関係も複雑だが、読んでいて考えることが多い作品である。

・サックスはベトナム戦争への徴兵を拒否して刑務所に入れられた経歴を持つ。服役中に小説を書きはじめた。妻のファーニーは美術を専攻する学生で、結婚したのは逮捕される1年前だった。ピーターはその時偶然、コロンビア大学の美学史の講義で彼女を見かけ、興味を覚える。だから、サックスに出会って彼女に再会したときには、心が乱れてしまう。ピーターはディーリアと結婚していてディヴィッドという子どもがいたが、二人の関係はいいものではなかった。

・ファーニーとサックスとの間には子どもがいない。それがファーニーの心をさいなむが、サックスもまた、そんな彼女の自罰的な心を和らげようとして苦悩する。だめな女と自覚するファーニーの前で、もっとだめな男を演じようとするサックス。ファニーはピーターに近づき、サックスもまた別の女性を誘惑する。欲望と自制、愛情と嫉妬、そして何より強いのは信頼することへの忠誠。サックスは執筆を理由に一人暮らしをはじめ、やがて失踪する。ファニーはもちろんピーターにも強い喪失感が残るが、しかし、閉塞感もなくなる。


僕は出ていく、などと宣言して彼女につらい思いをさせる必要はない。ジレンマ的な状況を捏造することによって、ファーニーの方から彼を捨てて出ていくように仕向けるのだ。彼女が自分を自分で救うように持っていくのだ。彼はファーニーがみずからを守り、彼女自身の人生を救う手助けをするのだ。


・サックスはある時ヒッチハイクをして、森の中で立ち往生した車を見つける。そこにいた男はいきなり銃を撃ってくる。サックスはとっさにバットで応対して男を殴り殺してしまう。男の名前はリード・ディマジオ。車の中には大金があった。サックスはその金をサンフランシスコに住むディマジオの家族に渡す。別れた妻の名はリリアン、娘はマリア。そこでまた、彼は奇妙な同居をはじめる。

・リリアンの家に閉ざされたままの部屋があって、中に入ったサックスはディマジオという男に興味を持ちはじめる。ディマジオはあるアナキストを主題にした博士論文を書いていて、ベトナム戦争を体験して以来、政治運動に関わっていた。サックスはディマジオが自由の女神を破壊して回わっていることを知り、その志を継ぐ決意をする。中途半端な生き方をしてごまかしてきた自分を恥じて、自分の命をディマジオに捧げることにしたのだ。彼は今まで感じたことのない強い幸福感と、自分が自由になったという自覚を持つ。


すべての人間の弱さ、もろさを受け入れておきながら、いざ自分のこととなるとサックスは完璧さを追求し、どんな些細な行為においてもほとんど超人的な厳しさをおのれに課した。結果として生じたのは、失望だった。人間としての自分の欠陥を思い知って愕然とし、そのせいでますます厳格な要求を自分に課すに至り、その結果、いっそう息苦しい失望感が募るばかりだった。あれでもう少し自分を愛するすべを学んでいたら、周囲にあれほどの不幸を作り出す力も持たずに済んだだろう。


・ 理想主義が陥るジレンマ、と言ってしまえばそれまでかもしれない。自罰的でありながら、裏には強い自愛があり、結果として、自分を滅ぼすだけでなく、他人をも不幸に陥れてしまう。しかも、例えばサックスの理想主義のように、それは必ず他者との関係を通して現実化する。訳者の柴田元幸はあとがきで「現実と理想との隔たりに人間の悲惨があり、現実から理想に向かおうとする意思に人間の栄光がある」と書いている。滑稽さと邪悪さ、成熟と腐敗。現実と理想を巡る栄光と悲惨の物語。それはもちろん、フィクションの世界にとどまるものではなく、僕らの現実のなかに転がっている。

2000年2月2日水曜日

冬の富士

 



今年は暖冬だと思っていたら、1月の中旬すぎから寒くなり始めた。富士山もやっと冬らしい姿になった。最低気温が-12度なんていう日もあったが、湖面が凍結するということはない。ただし、早朝の路面は凍っている。河口湖の北側にある御坂山系の尾根には樹氷が連なっていてとてもきれいだ。(下中写真)


久しぶりに訪ねた我が家も雪の中。バルコニーには20cmほどの雪が積もり、屋根からは太い氷柱(つらら)が何本も下がっていた。で、面白がって何年ぶりかで雪かきをした。そうしたら、数日後にまた雪。たまにだから楽しかったが、一冬で何べんもでは大変だ。楽しみだが大変だとわかったことがもう一つ。薪ストーブは趣があって冬の必需品。けれども、薪の消費量はものすごい。幸い、倒木は周辺にごろごろしているから、当分不自由はないが、薪割りには相当の時間とエネルギーを使わなければならない。準備をしていないこの冬は、晴れた日の昼間のほとんどを、倒木を探して、運んで、チェーンソウで切って、斧で割ることに費やしている。端切れは雪の中での焚き火に。

もう一つ、予定外は車。11万km走ったレガシーが夏休み以降調子が悪く、買い換えることにした。これは、その最後の姿。この後、新しい車と交換した。愛着があったけど仕方がない。事故もなく、本当にご苦労さんでした。

2000年1月26日水曜日

忌野清志郎『冬の十字架』、頭脳警察『1972-1991』


kiyosiro.jpeg・「君が代」がさしたる反対もなく法制化された。小学校や中学校、そして高校の入学や卒業の時期には、必ずあちこちで「君が代」ボイコットの運動があったのに、この様変わりには驚くばかりである。猛烈な反発をおそれて自民党が出したくとも出せなかった法案や制度改革があっさり現実化してしまう。みんながおとなしくなったのか、あるいは無関心になったのか、とにかくいやな風潮である。
・「君が代斉唱」なんて場には出たくないな、と思っていたら、忌野清志郎が「君が代」をパンク風にアレンジして新譜として売り出すというニュースがあった。「おもしろいな」と興味を持ったが、すぐに、レコード会社が発売中止の決定をした。反響の大きさに、怖くなって自粛してしまったのである。日本の音楽産業の事なかれ主義は救いがたいほどだが、忌野清志郎はそのアルバムを自主発売した。なかなかやる。まだまだ悪たれ小僧のような素直な精神を持っていると思った。
・残念ながら、肝心の「君が代」は今ひとつの感じだった。しかしそれはやっぱり曲やことばのつまらなさのせいで、がんばってパンクにしようとしてもカッポレになってしまうほかはない歌なのだ。やっぱり、「君が代」は歌いたくないなと、再認識。
・このアルバムのタイトルは「冬の十字架」。ジャケットには青いシャツ、黄色いパンツ、金色のシューズ、それに赤い羽根のショールを肩にかけた清志郎がちゃぶ台に肘をついて座っている。部屋の感じからいって30年ほど昔のようだが、もちろん、本人は間違いなく現在の姿だ。で、なかなかおもしろい歌が入っている。たとえば、


川のほとりで 自殺を考えた / だけど怖いから、やめた
俺はだめな奴だ もう死んでるんだ
腐った心の持ち主 誰にも会わせる顔がない
クズクズクズクズ人間のクズ / クズクズクズクズ人間のクズ
クズクズクズクズ人間のクズ / クズクズクズクズ俺のことさ 「人間のクズ」

・東京に来て気づいたことの一つに電車への飛び込み自殺の多さがある。関西では滅多に聞かないニュースだが、東京ではしょっちゅうあって、しかもJR中央線が多い。つい最近も阿佐ヶ谷駅で朝の出勤時だった。僕の勤める大学は国分寺駅下車だから、授業時間に支障が出ることもしばしばある。今のような試験中だと、日程変更をしなければならないが、去年は予備日にまた飛び込みがあって、対応に苦労したそうである。
・それはともかく、自殺を考えたとしても、思いとどまるのがふつうの人の感覚で、クズと自分を責めても、怖いからやめたというのが勇気ある判断であることは間違いない。忌野清志郎もそれが言いたくてこの歌を作っている。そんな気がした。あるいは、東京では人間関係は希薄で、引き留める役割が不在なのかもしれない。この歌はそのための声のようにも感じた。
・そのほかにも「シワヨセ」が48年働いたことがない俺のところにやってきた、と歌う「来たれ21世紀」や若い人たちを挑発するような「俺がロックンロール」、あるいは妙に切ない「心のボーナス」など、おもしろい歌は多い。本当に数少ない、今を歌うことができる日本のロック・シンガーだと思う。

zuno.jpeg・もう一つ、一緒に買った頭脳警察の『1972-1991』。題名の通りBESTアルバムである。ラディカルなメッセージで伝説的な扱いを受けているバンドだが、改めて聞くと、やっぱりことばは勇ましく、サウンドはまっすぐで、期待通りに懐かしさを感じた。
・ロックは「路地裏の悪魔」として登場し「メインストリートの天使」に変身すると言ったのはイギリスの社会学者ディック・ヘブディジだが、頭脳警察は路地裏の悪魔と言うほどではないが、悪たれ小僧であることに徹したバンドだと言えるかもしれない。そのストイックさが魅力であることはもちろんだが、それがまた彼らを小さな存在にする原因にもなった。そこに行くと、忌野清志郎には客の期待に応えるショーマンシップがあって、ヴィジュアル系の先祖みたいないい加減さもあるが、それがかえってまた、現在に対する彼の誠実な態度と対照的で、スケールの大きさを感じさせたりもする。
・忌野清志郎は3月に武道館で30周年記念のコンサートをやる。ディランに遅れること10年。ずっと歌い続けていたという点では、日本では彼がやっぱり一番なのかもしれない。

2000年1月19日水曜日

免許証更新で考えたこと

  • もう何回目の免許証更新になるのかわからないが、今回はちょっと面倒だった。すでにこのHPでも書いたが、職場が変わったのにそのまま京都に住み続けて、毎週、新幹線で往復した。しかも、夏休み前に河口湖に家を買って、秋には住民票を移した。ぼくの誕生日は1月だから、免許証更新の通知は11月の末に来たが、当然、更新する場所は山梨県である。京都に帰らずに、週末を河口湖で過ごす週を作らねばならない。追手門学院大学で4年生が論文を提出するから、そのための時間も作らなければならない。やれやれ........。
  • で、最寄りの警察署に行くと、特に更新手続きのための建物や部屋があるわけではない。イスがあって通路を挟むような位置で提出用の写真を撮っている。ぼくは持参したから、写す必要はない、と思った。書類に必要事項を書き込み、例によって「安全協会費」は払わないと答えて提出。視力検査をした後、ついたてで仕切られた場所に入れられ、30分ほどビデオを見せられた。一緒にいた人は5人ほど。免許証用の写真をいつまでたっても撮らない。いつも京都の伏見の試験場でやっていた更新手続きとはずいぶん違うなと思っていたら、若い婦警さんが「ご苦労様です。免許証は1月6日から13日の間に取りに来てください。」と言って、終わってしまった。
  • 「え、即日交付じゃないの?」「じゃ。写真はいつ撮るの?」と尋ねたら、「写真は提出したのを使います」と言った。ぼくは書類に張りつけるだけだと思ってモノクロ写真を提出したのだが、受付の人も、「どのくらい前に写されたものですか?」としか聞かなかった。もう一回来なければならないのはえらい面倒な話で、しんどいなと思ったが。同時に、おもしろい免許証ができることが楽しみになった。
  • 免許証の更新に行ったことのある人なら誰でも経験すると思うが、試験場の職員の対応はひどく高飛車である。何のためかいまだにわからない「安全協会費」なるものを要求される。払わないと言うと、とたんに不快な顔をしたり、態度がぞんざいになったりする。以前は確かタイプ料が含まれるといった説明をしていて、ぼくは一度喧嘩をして、手書きの免許証を作ったことがある。パソコンの普及や免許証作成法の改良でそれはなくなったから、ますます払う必要はないはずだが、ほとんどの人は素直に2500円出している。
  • 今回の更新で気がついたのだが、即日交付をする所では、提出した写真は直接免許証に必要なものではない。だとしたら、4x3cmにほんのちょっとずれただけでだめだと言ったり、色合いがどうの、照りがどうのといってもう一回その場で写真を撮らせるのはどういう理由なのだろうか。使いもしない写真にいろいろ文句をつけて、写真代までふんだくろうと言うのだろうか。きっとそうだと考えはじめたら、あらためて、警察のやり方に腹が立ってきた。
  • 大きな試験場の周辺には今でも代書屋さんが店を構えていて客引きをやっている。本当はもう必要のない仕事になっているはずだが、相変わらず商売が成り立っている。一番の収入源は「写真」なのだ。田舎の警察署にはもちろん、代書屋はいない。更新専門の写真屋もない。だから、係員はあれこれうるさいことは言わない。即日交付でないのは不便だが、混まないし、近くにあるから、時間も自由が利く。ぼくは田舎に住む利点をまたひとつ見つけた気がした。
  • バイクや車のナンバー・プレートの変更や、新車の購入で、ここのところ何度か、直接陸運局に出向いたり、その代行費を払ったりもした。その際にも感じたのは手続きの複雑さ、必要書類の多さだった。もっと簡略化できるはずだが、それでは、行政書士の仕事が減ってしまう。企業の合理化は深刻で、行政も本格的にやらなければならないはずだが、不合理なシステムを大いばりでやっている。様々な手続きを経験してみると、そんな状況がよく見えてくる。そんな時代の流れにあまりに鈍感だから、神奈川県警に代表されるような不祥事が次々と発覚してくるのだろう。
  • これはあまり言いたくないことだが、ぼくの免許証は今回もゴールドにならなかった。なるはずだったのだが、中央高速で更新の少し前にスピード違反で捕まってしまったのだ。実は、これにも腹が立っている。中央高速は80km規制だが、車は走行車線でも100km近くで流れている。ぼくは追い越し車線を前の車について走っていた。たぶん110kmぐらい。で、後ろから迫ってくる車に気がついて、ちょっと加速して、走行車線に避けた。そうしたら、その追ってきた車がサイレンを鳴らしたのだ。覆面である。汚い!
  • もちろん謝るなんてことはせず、せこいやり方に文句を言ったが、違反は違反の一点張り。裁判でもと思ったが、引っ越し前に何度も出むかなければならない。せめて指紋は押さないようにとハンコを出したが、戸籍は渡邉だから、渡辺のハンコではだめと言う。じゃー、サインはと言ったがもちろんだめ。サインではなくハンコが意味を持つという制度。実はこれもおかしな話なのだが、いつまでたっても改まる気配がない。
  • ぼくは4月から中央高速で通勤する。もう捕まってたまるかと思うのは当然だが、何とか仕返しできないものかと、その方策を考えている。で、今一番思っているのは、手続きなどで、不合理なところ、理由のわからないところがあったら、声を上げること。処遇に不満があったら泣き寝入りせず、裁判にでももっていくこと。一番悪いのは、お上のやることに黙って従う態度である。警察やお役所のみなさん、制度や慣例を盾にとって居丈高に振る舞っていると、同じ理屈でしっぺ返しをくいますよ。
  • 2000年1月12日水曜日

    清水学『思想としての孤独』講談社

  • 「孤独」は今一番嫌われることばのひとつかもしれない。群れること、みんなの中に埋もれること、情報をやりとりすること。こんなことが一番の関心事で、それは必ずしも若い世代だけにかぎった傾向ではないようだ。どうして「孤独」はそんなに忌避されるのだろうか?
  • 確かに「孤独」には、排除される、自分の場所がなくなる、自分の存在が消えさってしまうといった側面がある。しかし、それはまた自分が自分であることを確認するためには必要な状態であるし、想像力や創造力を駆使するときにも欠かせないはずだ。自分という存在を、他者によって認めてもらう受け身的な姿勢が前者だとすれば、後者は、他者に認めさせる積極的な姿勢。だとすると、他者への自己の提示のスタイルが受動的になったということなのだろうか?
  • 『思想としての孤独』のキイワードは「透明」と「分身」。透明人間は、どこにいても誰からも気づかれない存在、そして分身は自分がいるはずの場を占有するもう一人の「私」、あるいは「他者」である。
  • 透明人間には誰もが一度はなってみたいと思う。自分の存在を知られずに他人たちを眺めることができる。覗きや盗聴に対する誘惑。けれども「透明」はまた、その場にはいてもけっして参加することができないし、見ることはできても見られることのない存在でしかない。それに気づいたときの「孤独」は、他人から見られることで感じる不安や煩わしさと裏腹である。
  • 「分身」は、自分のコピー、あるいは代役である。これもまた、自分がもう一人いたらどんなにいいかと空想するものだが、同時に、自分の場所や自身自体を奪いかねない存在になる。かけがえのないはずの「私」。「分身」はそれを代行する。そう考えたとき果たして「分身」は便利な相手か、あるいは恐怖の対象だろうか。
  • この本はこのような軸をもうけて、主に文学作品を題材にしながら考えている。読みこなすにはかなりの文学的な知識が必要だが、しかし、その例を日常的なものに置き換えることは容易だ。というよりは、ぼくは読みながら、勝手に一人歩きをはじめる自分の想像力をおさえることができないほどだった。読む私と、勝手に想像の世界をうろつきはじめる私。まるで、透明人間のように、あるいは分身のように。
  • 例えば、雑踏の中で誰もが暗黙のうちに示す「無関心」。満員電車の中で押しくらマンジュウをしていても、自分をそこにはいない人のように振る舞う人たち。あるいはエレベーターの中で感じる息が詰まりそうな沈黙に耐える人たち。もちろんだからこそ、また誰もが匿名の存在として好き勝手ができることにもなる。「匿名」は「透明」、あるいは「分身」?
  • 家庭で、学校で、あるいは職場で、確かな位置を占めていたはずの「私」。ところが、いつの間にかその場所がなくなってしまったり、他の誰かに占拠されたりする経験。離婚、失恋、いじめ、左遷、リストラ………。「分身」には例えば二股かけた恋愛や妾さんのいる別宅といった不純な夢を、また多様な能力をもつマルチ人間を空想したくなるという側面があるが、また、分身によって消される「私」という悪夢もある。
  • もう一つ「死」の問題。著者が引用するP.オースターの『孤独の発明』を紹介しよう。
    私は思い知った。死んだ人間の遺していった品々と対面するほど恐ろしいことはない、と。それらは手で触れられる幽霊だ。もはや自分が属していない世界のなかで生きつづける責め苦を負った幽霊だ。たとえば、クローゼットいっぱいに入った衣服。
  • 「孤独」を「透明」と「分身」によって考える。それはきわめて社会学的な発想で、しかも何と想像力を刺激するものか。ぼくはこの本を読みながら、そのことをくり返し確認した。だからだろうか、読み進むうちにこの本の題名に違和感をもちはじめた。この本は断じて「思想」などではない。強いていえば「物語としての孤独」、あるいはもっと率直に「透明」と「分身」。
  • 本の著者はその中身を作る。題名や装丁やキャプションを考えるのは編集者の仕事だ。一般的には本はそんな分担作業で作られる。編集者は黒子、つまり透明人間で、作者や本の世界を目立たずに際だたせる役割をもつ。この本の表紙には次のようなキャプションがつけられている。「自主独立の近代人『ロビンソン・クルーソー』の末裔である私たちが彷徨う、『孤島』と『砂漠』が充溢する都市の風景」。「彷徨う」とか「充溢する」という大げさなことばを使って、いったい何が言いたいんだろうか。作者とはまったく違う顔をもった出しゃばりな分身。
  • とは言え、「思想」つまり「孤独」の積極的な評価の部分が薄いことは、ぼくにとって、ものたりなさを残した。「戦略としての孤独」とまではいわないが、孤独で何が悪いといった一面があってもよかったのにと思う。
  • 2000年1月5日水曜日

    「御法度」 監督:大島渚 音楽:阪本龍一


  • 映画館で映画を見たのはちょうど1年ぶり。見たい映画がなかったわけではないが、時間がなかったし、あってもその気にならなかった。本当に久しぶりだが、特に『御法度』が見たいわけでもなかった。何のことはない。友人から優待券をもらったのである。冬休みだし、使わなければもったいない。で、最近できたジャスコに行くことにした。ここには、映画館が10館近くもある。国道1号線に面してはいるが、淀競馬場近くで田圃以外は何もなかったところだ。一度出かけてみたいと思っていた。駐車場や建物が平面で広がる巨大なショッピング・モール。まるでアメリカである。そこで、本当に久しぶりに、チャンバラ映画を見た。
  • 『御法度』は新撰組の話である。松田優作の息子が演じる美少年が組に入ってくると、男たちは、何となく変な気持ちに囚われはじめる。誰もが「そっちの気は拙者にはない」と口にするほど気がかりな存在になる。最初に関係を持ったのは、一緒に入隊した若い浪人(浅野忠信)。次に別の男が言い寄るが、関係した後に惨殺される。隊の乱れを案じた土方(ビートたけし)が、少年に女の味を教えてやれと部下(トミーズ雅)に命ずる。そこで島原へ行こうとしつこく勧めるが、少年は取り合わない。やっとその気にさせてつれて行ったのに、太夫(神田うの)に指一つ触れずに帰ってくる。ところが誘った侍が襲われて、危うく斬られそうになる。犯人は最初に関係を持った男。そう判断した近藤勇(崔洋一)は美少年自身に制裁を命ずる。土方は少年の気持ちをくんで「むごい」とつぶやく。しかし、少年は顔色も変えず承諾する。
  • 美少年は京都でも有名な越後屋の息子である。なぜ新撰組に入ったのか、その理由はわからない。しかし、彼の周囲で次々人が斬られ、やがて、そのほとんどが少年によるものであることがわかってくる。男を虜にしておいて惨殺する。その恐ろしさに早くから気づくのは、やはり美少年の剣士だった沖田(武田真治)である。
  • はっきり言ってそれほどおもしろいと思わなかった。病気から立ち直った大島渚がどんな映画を作ったのか、ちょっと関心があったが、拍子抜けという感じだった。彼はこの映画で何が言いたかったのだろうか。何を表現したかったのだろうか。
  • ただキャスティングはおもしろかった。崔もたけしも監督である。二人とも大島が休んでいる間に、日本を代表する映画監督になった。黒沢監督が「影武者」を撮ったときにコッポラやルーカスやスピルバーグが集まって支援した。そんな関係を連想した。
  • もう一つ、新撰組の衣装。今までのものとは全然違っていて格好いい。阪本龍一の音楽はほとんど印象に残らなかったが、サウンドは地響きがするような効果を使って新鮮だった。剣道の稽古場では、見守る土方を映しながら、木刀の音が背中から聞こえてきた。カラーでありながら、モノクロのようなトーン。それに、無声映画の頃に使われた字幕の手法。映画としての斬新さは十分に感じられた。その意味ではおもしろかったと言える。
  • 1999年12月31日金曜日

    目次 1999年

     

    12月

    31日:目次

    22日: Merry X'mas

    15日:佐藤正明『映像メディアの世紀』(日経BP社)

    8日:アジアのロック 黒名単工作室『揺籃曲』

    1日:イーヴ・ヴァンカン『アーヴィング・ゴッフマン』せりか書房

    11月

    24日:オフ・シーズンの野球とベースボール

    16日:「恋愛小説家」"As good as it gets"

    9日:秋の風景

    2日:広告依頼とDMについて

    10月

    26日: 賀曽利隆『中年ライダーのすすめ』平凡社新書

    20日:Sting "Brand New Day",Steave Howe "Portraits of Bob Dylan"

    13日:「社会学」のレポートを読んでの感想

    6日:最近のテレビはおかしくありませんか

    9月

    28日:ロボット検索について

    21日:『スポーツ文化を学ぶ人のために』の紹介

    15日:田家秀樹『読むJ-POP』徳間書店

    1日:河口湖で過ごした夏休み

    8月

    25日:郭英男(Difang)Cicle of Life

    18日:Woodstock Live 99

    11日:F.キットラー『グラモフォン・フィルム・タイプライター』筑摩書房

    4日:富田英典・藤村正之編『みんなぼっちの世界』恒星社厚生閣

    7月

    28日:メールを通じて届いたミニコミなど

    22日:Soul Flower Union "Ghost Hits93-96" ,"asyl ching dong" "marginal moon"

    15日:ゴールと同時にギックリ腰、前期を振り返って

    7日:中川五郎『渋谷公園通り』(KSS)『ロメオ塾』(リトル・モア)

    6月

    29日:"The People VS. Larry Flynt" "The Rainmaker" "Wag the Dog"

    22日:ゼミ同窓会

    15日:新しい職場で感じたこと

    8日:村上春樹『スプートニクの恋人』講談社,『約束された場所で』文芸春秋

    1日: Van Morrison "Back on Top", Tom Waits "Mule Variations", Bruce Springsteen "18 Tracks"

    5月

    21日:加藤典洋『可能性としての戦後以後』(岩波書店) 『日本の無思想』(平凡社新書)

    14日: 場所と移動

    6日:野茂の試合が見たい!!

    4月

    28日: Alanis Morissete (大阪城ホール、99/4/19)

    20日:M.コステロ、D.F.ウォーレス『ラップという現象』(白水社)ジョン・サベージ『イギリス「族」物語』(毎日新聞社)

    13日:職場が変わったことへの反応など

    3月

    24日:バイクで京都から東京まで

    9日:ジム・カールトン『アップル 上下』(早川書房)

    2日:石田佐恵子『有名性という文化装置』勁草書房

    2月

    25日:崔健『紅旗下的蛋』

    17日:ABCラジオ体験

    10日:『夫・山際淳司から妻へ』 (BS2)

    3日:A.プラトカニス、E.アロンソン『プロパガンダ』〔誠信書房)

    1月

    27日:シンガポールとフィンランドからのメール

    14日:R.E.M. "UP"

    7日:ポール・オースター『偶然の音楽』新潮社,『ルル・オん・ザ・ブリッジ』新潮文庫