2022年12月27日火曜日

目次 2022年

12月

26日: Sinéad O'Connor "How about I be Me (And You be You)"

19日: 矢崎泰久・和田誠『夢の砦』

12日: いつもながらの冬の始まり

5日: 円安とインバウンド

11月

21日:新聞購読やめようかな?

21日:ツーブロック禁止って何?

14日:Jackson Browne, "Downhill from Everywhere"

7日:村瀬孝生『シンクロと自由』(医学書院)

10月

31日:秋の恵みと冬の準備

24日: 能登半島小旅行

17日: 『MINAMATA ミナマタ』

10日: 大谷選手のMLBが終わった

3日: やめられない、とまらない!?

9月

26日: Lady Gaga "A Star Is Born"

19日: 島田雅彦『パンとサーカス』(講談社)

12日:雨ばかりの夏だった

5日:最近見た映画

8月

29日:安倍の蓋が取れて出た汚物

22日:Eric Clapton "The Lady in Balcony"

15日:国葬なんてとんでもない

8日:ビー・ウィルソン『人はこうして「食べる」を学ぶ』(原書房)

1日:閉じこもるしかないけれど………

7月

25日:ニュースはネットで

18日:安倍元首相の死で見えてきた闇

11日:The Bandという名のバンド

4日:デジタル化できない手続きにうんざり

6月

27日:MLBを見ながらアメリカ野球の本を読む

20日:庭の植物の生命力

13日:エンゼルスと大谷の浮き沈み

6日:富士山十景

5月

30日:バイデンは横田から日本に入った

23日: Neil Young "Barn"

16日:断捨離について思うこと

9日:ウクライナについての本

2日:天候不順とコロナ禍でどこにも行けず

4月

25日:SNSは誰のものか

18日:見田宗介の仕事

11日:Stingの新譜 "The Bridge" と 'Russians'

4日:円の凋落に思う

3月

28日:北丸雄二『愛と差別と友情とLGBTQ+』 (人々舎)

21日:やっと春になった

14日:戦争報道とSNS

7日: ロシアのウクライナ侵攻に乗ずるな!

2月

28日:MLBが始まらない!

21日: 本間龍『東京五輪の大罪』(ちくま新書)

14日:国産品はどこへ行った?

7日:厳冬とオミクロンの中

 1月

31日:メディアの劣化が止まらない

23日:マスクがパンツになった?

17日:楽曲の権利をなぜ売るのか?

10日:黒川創『旅する少年』(春陽堂書店)

3日:とてもおめでとうと言えない年明けです

2022年12月26日月曜日

Sinéad O'Connor "How about I be Me (And You be You)"

 

sinead3.jpg" ここでシネイド(シニード)・オコーナーを取り上げるのは12年ぶりだ。その時は"Theology"というタイトルの二枚組みだった。 "How about I be Me (And You be You)"はその2年後に発表されていたのだが、全然気づかなかった。これよりもっと新しいアルバム"I'm Not Bossy, I'm the Boss"も2014年に出ているが、それ以後には出ていない。

最近の様子をネットで調べると、今年の1月に息子が自殺したとあった。その兆候は以前からあったようで、息子が家を出てから、彼女は何度もツイートしたようだ。で、その1週間後に彼女自身が自殺することをほのめかすツイートをし、思いとどまって入院をしたということだった。

オコーナーは本当に波乱万丈の人生を送ってきた。結婚と離婚を四度くり返し、その度に四人の子どもを産んでいる。自殺したのは三度目に結婚したアイルランドを代表するミュージシャンのドーナル・ラニーとの間に生まれた三人目の子どもだった。

"How about I be Me (And You be You)"は10年も前に出されたアルバムだが、彼女がプライベートな生活の中で、ずっと苦悩してきたことを感じさせる歌があった。

私にそっくりの子どもを産んだ
目はあなたにも似ているが
あなたには会わせたくない
なんと説明したらいいかわからないから "I had a baby"
あなたがどこにいるのかわからない
でも、家から遠いことだけはわかる
目が覚めると独りぼっちで、あなたはいない
家からとても遠いところに行ったんだ "Very Far From Home"
このアルバムは兄のジョセフ・オコーナーに捧げられている。彼はアイルランドでは著名な作家で『ダブリンUSAーアイリッシュ・アメリカの旅』が翻訳されていて、このコラムで紹介したことがある。アメリカにあるダブリンという名の街を訪ねるといった内容で、他の作品も、アイルランドという国や移民をしていったアイルランド人をテーマにしているようだ。

シネイドにもアイルランドをテーマにした歌は多い。アイルランドのことを思い、カトリック教会に反撥して激しい歌を歌うが、彼女の声は今でも透き通っていて美しい。それはこのアルバムでも変わらなかった。とは言え、Wikipediaを見ると、2018年にイスラム教に改宗してシュハダ・サダカット (Shuhada' Sadaqat)と改名したとあった。激しい生き方をしている人だとつくづく感じた。

2022年12月19日月曜日

矢崎泰久・和田誠『夢の砦』

 

yume1.jpg 『話の特集』は一時期必ず買った月刊誌だった。和田誠や横尾忠則のイラストがあり、篠山紀信や立木義浩の写真が載って、野坂昭如や永六輔のエッセイがあった。その過激な政治批判に賛同し、鋭い社会風刺にわが意を得、公序良俗への挑戦に拍手した。おそらく1960年代の終わりから70年代の中頃のことだったと記憶している。『夢の砦』は編集者だった矢崎泰久がまとめたその『話の特集』の思い出話である。

『話の特集』が創刊されたのは1965年で、95年に廃刊になるまで30年続いた。僕が読んだのは10年ほどで、『話の特集』が一番元気な時期だったと思う。何しろ売り出し中の作家やタレント、イラストレーターや写真家が毎号登場して、その技や芸を競っていたのだから、発行日が待ち遠しいと感じるほどだった。大手の出版社が出す雑誌とは違っていたのになぜ、これほど多種多様な人々を登場させることができたのか。この本を読んで、そんな疑問の答えを見つけることができた。

「話の特集」をつくったのは矢崎泰久三二歳と和田誠二九歳。二人が追い求めたのは<自分たちが読みたい雑誌>だった。二人を中心に気づかれたその砦にはあちこちから個性的な才能が集まった。
創刊時にはほとんど無名だった若者たちが好き勝手なことをやり、それを面白がってまた新たな人たちが参加する。その斬新さはすぐに週刊誌や月刊誌のモデルになって、雑誌ブームの先導役にもなった。『夢の砦』にはそんな創刊時の逸話を語り合う記事がたくさん載っているが、また、この雑誌の中身を一貫して支えてきたのが和田誠だったことも強調されている。たとえばその一例は、川端康成の『雪国』を作家や評論家、あるいはタレントの似顔絵とともに、文体や口調をまねて書いたパロディが36編も再録されていることである。これは今読んでもおもしろい。

『話の特集』が創刊時から持ち続けた姿勢は「反権力・反体制・反権威をエンターテインメントで包み込む」だった。60年代の後半には大学紛争があり、ベトナム反戦活動やアメリカから世界に波及した対抗文化の波もあった。そんな時代を反映しながら、大まじめにではなく遊び心を持って雑誌を作ってきた。『夢の砦』を読むと、そのことがよくわかる。70年代の中頃になって、僕がこの雑誌を読まなくなったのは、似たような雑誌が乱立したせいなのか、雑誌そのものに興味をなくしたからなのか。今となってはよくわからない。

しかしそれにしても、今の時代には「反権力・反体制・反権威をエンターテインメントで包み込む」といった姿勢は、どこにも見当たらない。それどころか「権力・体制・権威にすりよってエンターテインメントで吹聴する」といった人がいかに多いことか。インターネットの初期には、面白く感じられる一時期があったが、今はそれも失われている。昔を懐かしむのは年寄りの悪癖だが、それにしても今はひどすぎる。

2022年12月12日月曜日

いつもながらの冬の始まり



forest188-1.jpg

紅葉の季節が終わって、河口湖にもやっと静けさが戻ってきた。それに合わせたかのように冷え込みも厳しくなったから、薪ストーブが家を暖めるようになった。それにしても、紅葉狩りの人出はすごかった。コロナの感染者数が減っているわけでもないのに、あちこちからやってきたから、自転車に乗るのもままならなかった。

forest188-2.jpgforest188-3.jpg


遠出は避けて近くの山歩きをした。二十曲峠から石割山、芦川村から黒岳、あるいは釈迦ケ岳。どこも4kmほどの距離だったが、パトナーの足を気遣いながらだから、コースタイムの倍以上かかる。去年の暮にはがんばって箱根の金時山に登ったが、今年はどうするか。歩き納めの山を思案中である。

forest188-4.jpgforest188-5.jpg


アメリカからやってきた知人家族を案内して裏山に登った。急な直登で驚いていたし、尾根からの富士は雲って見られなかったが、楽しそうだった。土遊びもやり、パートナーの作品をいっぱい持ち帰った。

forest188-6.jpgforest188-7.jpg


いつもながらの冬の始まりだが、日本の政治や経済はどうしようもない状況に追い込まれている。金もないのに防衛費の倍増とは狂気の沙汰としか思えないが、世論はそれを支持していると言うから、開いた口がふさがらない。

2022年12月5日月曜日

円安とインバウンド

 

アメリカのポートランドに住む知人一家が3年ぶりに我が家に来た。日本でやるべきことがあったのだが、コロナにかかわる規制が緩んでやっと実現できたのだった。僕らはワクチンを打っていないので、どうしようか迷ったのだが、歓迎することにした。総勢4人が我が家に泊まって、にぎやかに過ごした。最初はマスクをしてと思ったが、それもすぐにやめてしまった。今のところ、症状は出ていないから大丈夫だったのではないかと思っている。

いろいろ話をしたが、彼らにとっての驚きは、物価の安さだった。何しろ円は去年まで110円前後で推移していたのに、今年になって急激に円安になって、一時は150円にもなったのである。3年前に来た時に比べて、2割以上も安くなっている。彼らにとっては何でも安くて大助かりだが、日本人にとっては輸入品の価格が高騰して、さまざまなものが値上がりしはじめていて大変なことになっている。しかも物価の上昇は、これからさらにひどくなると言われているのである。

日本の物価はここ20年、あるいは30年ほとんど上がってこなかったが、日本人の収入は逆に減り続けてきた。正規の勤め人は、それなりに定期昇給があったが、非正規が4割にもなって、貯蓄がほとんどなく、生活に困窮している人が増えている。食事も満足にできない子どものいる家庭もあって、民間の援助が盛んに行われているが、国はほとんど手当てをしていないのである。

他方で裕福な人もいて、国はその人たちに旅行を勧める支援を復活させてもいる。「Go to トラベル、イート、イベント、ショッピング」などといったおかしな和製英語の話などもしたが、政治のお粗末さは、ことば以上のおかしさなのである。おかげで紅葉の季節には、河口湖には大勢の人が訪れて、外出を控えるほどだった。

知人たちが久しぶりに日本に来たように、海外からの旅行者も増えていて、河口湖でも目立つようになった。しかし主流は欧米からの人たちで、コロナ前に目立った中国を始めとしたアジアからの人はまだ少ないようである。何より団体で押しかける中国人の姿が見当たらないが、これはゼロコロナ政策で、旅行が制限されているためのようである。他方で韓国からの旅行者は復活しているようだが、多くは九州などの西日本に来ているから、関東ではあまり目立たない。

コロナが収まったわけでもないのに、インバウンド復活を積極的に支援する国の政策はどうかと思う。円安を生かしてなどと言うが、そもそも円安を是正するためにどうするかを考えないことのほうが問題なのである。輸出立国として成長した日本が、今、輸入超過の赤字国に転落している。インバウンドで補っても焼け石に水にしかならないことなのに、これしか方策がないのだから、もうお先真っ暗な現状なのである。

2022年11月28日月曜日

新聞購読やめようかな?

 

毎朝、新聞をトイレで読む。もう何十年も続けてきた習慣だが、読みたい記事がほとんどないと感じることが多くなった。安倍政権に押さえつけられ、忖度してろくな批判もしない。そんな態度に見切りをつけて、長年購読してきた朝日新聞をやめて毎日新聞に変えたのは3年ほど前だった。少しはましな記事があるかなと思っていたのだが、やっぱり物足りない。

大臣を務める政治家の不祥事が続いているが、それを記事にしたのはほとんどが週刊誌だ。新聞は国会で問題になってから後追いする。記者の数が桁違いに多い新聞は一体何をやってるんだ、と言うことが多くなった。おそらく記者が取材をしても、記事にならないことが多いのだと思う。で、優秀な記者が次々辞めていく。僕はそんな経過でフリーになったジャーナリストの発言や記事をネットで聞いたり読んだりすることが多くなった。(→「ニュースはネットで」

たとえば、オリンピックにまつわる疑惑は、安倍元首相が凶弾に倒れ、重石がとれたことによって活発化した。その検察の捜査について、新聞は大きく取り上げようとはしなかった。それは新聞大手がこぞってオリンピックのスポンサーになったからだった。これはもちろん前代未聞のことで、そんなことをすれば、問題が起きても批判しにくくなるのは明らかだった。「オリンピックは電通の、電通による、電通のためのイベントである。」これは本間龍が書いた『東京五輪の大罪』の結論だが、どの新聞も電通批判などまったくしていない。もうぐるになっているとしか思えないのである。その電通にやっと検察が入った。どこまで行くのか楽しみが増えたが、新聞には期待していない。

実際、新聞社はどこも購読者数を減らしているようだ。当然、経費削減を実行しているわけだが、購読している毎日新聞では、今年から地方面が山梨単独から長野・静岡と一緒になった。おそらく支社の規模を小さくして、記者も減らしたのだろうと思う。隣接県とは言え、馴染みのなさは否めないから、読み飛ばすことが多くなった。とは言え、県域紙に変えようとは思わない。

もちろん、紙媒体としての新聞が凋落傾向にあるのは地方紙も一緒だし、世界的な現象でもある。アメリカでは大手の新聞社がネットに乗り換えて成功しているようだが、日本では、その点でも遅れている。毎日新聞は購読していればネット版も読むことができるが、特にアクセスしようとは思わない。ネットでなければできないものがほとんどないからだ。

僕は一応、メディア論を研究テーマの一つにして、大学で講義などもしてきたから、新聞とは最後までつきあわなければいけないかな、と思っている。しかし、読みごたえのなさがあまりにひどいから、こんな気持ちもいつまで続くのやらと考えてしまう。


2022年11月21日月曜日

ツーブロック禁止って何?

 

haircut1.jpg"朝新聞を読んでいたら、「ツーブロック禁止 必要?」という見出しの記事を見つけました。「うん? ツーブロックって何?」と思って記事を読んでいくと、最近はやりの髪形で、もみ上げと耳のまわりを刈り上げるカットだと言うことがわかりました。そう言えば最近の若者の髪形は刈り上げが普通で、カットの仕方もいろいろであることは気づいていました。男の髪形が極めてバラエティに富んでいるのは、MLBの選手で見慣れていました。スキンヘッドに肩まで伸びた長髪、モヒカン刈りやデッドロック、三つ編み、そして長く伸ばしたヒゲなど、やりすぎだろうと言いたくなる選手が少なくないのです。

twoblock1.jpg"・それに比べたら「ツーブロック」などはおとなしいものですが、日本ではそれを禁止する高校が多数あって、問題化していると言うのです。そう言えば、これまでにも校則のおかしさについてはいろいろ指摘されていて、髪の毛は黒、靴下は白、女子生徒のスカート丈など事細かに決められているのです。そもそも中高生は制服が当たり前といった規則が健在なのが不思議ですが、それをさらに細かく規制しているのは、一体何のためなのか疑問に感じます。

僕は都立高校に通いましたが、制服ではなく私服でした。ロック音楽やヒッピーが流行った時代で、僕も長髪にしていましたが、教師に叱られることはありませんでした。都立高校の中には、今でも制服なしで髪形にも規制がないところがあるようです。この記事には都立高校の先生の意見もあって、制服が大人の価値観の強制であって、「(生徒に)自分たちで考えて行動してもらうということが原点です」という意見が紹介されていました。

制服は、それが軍隊から始まったことからわかるように、統率を取りやすくするために考案されたものでした。その有効性が認められると、次に工場労働で働く人や学校に採用されましたが、それはあくまで管理する側にとってのものでした。集団にとっては個々の個性を認めることは管理を難しくします。しかし、教育の場は、軍隊とは違って、生徒がそれぞれ自らの個性を見つけ、それを伸ばす機会でもあるのです。「ツーブロック」のようなほんの少しの工夫すら認めたくないという発想には、個性を育てると言った考えがまるでないことが明らかです。

そのことはおそらく、自分で考え、行動するといった生徒の内面的な成長に対する無関心にも繋がっているはずです。と言うよりは、生徒に勝手に考え、行動されたらかなわないとする発想が強いと言えるでしょう。たとえば、「CNN.co.jp」の記事に、今回の中間選挙で「若い有権者がいなければ、米民主党は大敗していた」という記事がありました。アメリカの多くの学校には制服などはなく、選挙についても授業で積極的に議論することをカリキュラムに入れています。銃規制の必要性やLGBTQの権利にも自覚的な若者層にとって、保守反動回帰を主張するトランプは反対すべき相手です。この記事では45歳を境目にして、それ以下は民主党で、高齢になれば共和党支持になっていることが指摘されています。

アメリカでは若者層をZ世代(1996年以降の生まれ)やミレニアム世代(2000年以降に成人)と呼んで、社会の不正や人権、そして地球の温暖化などについて意識が高いことが指摘されています。しかし日本では、若者層は保守的で、政治にも無関心だと言われています。その理由を若者たちの意識の低さに求めることは容易ですが、個性を育てることをしない教育の場にこそ、その原因を求めるべきではないか。「ツーブロック禁止 必要?」と言う記事を読んで、そんなことを強く思いました。